オフィス北野 森社長 ビートたけしとの出会いを語る

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オフィス北野の森昌行社長がTBSラジオ『たまむすび』に出演。ビートたけしさんとの出会った頃の思い出などについて話していました。


(玉袋筋太郎)そういうバラエティーやっていて、うちの師匠と出会ったのがいくつの時なんですか?社長。

(森昌行)ええとね、28か9か、そんなへんじゃなかったかな?自分がディレクターになる・・・実は私は海外の取材番組、特番からディレクターになったんですけど。その後、たけしさんの番組はやっていたんですけど、チーフADだったんですよね。それが、2クール終わって、秋口からちょっと内容を変える時にディレクターで。改めて、たけしさんにご挨拶する立場になったんですけどね。

(玉袋筋太郎)おー。

(森昌行)実はそこで、お弟子さんを集めて。たけしさんの周りに松尾伴内さんとかね、東国原さんとかいらっしゃいましてね。で、たけしさん、団体芸をやりたいっていう。ちょうど、関西にね、『ヤングおー!おー!』っていう番組があったんですけど。そういう、さんまさんなんかも加わってらっしゃったような番組なんですけど。そこでやっている団体芸みたいなのを、自分の番組でもできないか?って。ところが実際はですよ、この番組は本当はなにか?って言うと、レコード会社7社の協賛による、新人アイドルのための発掘番組なんですよ。

(小林悠)(笑)

(玉袋筋太郎)『アイドルパンチ』ですよ。伝説の、アイドルパンチっていう。

(森昌行)そこでですね、コーナーでそれをやるっていうのは、どう考えてもプロデューサーから見れば、『いったい何なんだ、それは?』という。

(小林悠)つながりがわからないですよね。

(森昌行)それをですね、私の方はなんとか巧みに誤魔化して。『いやー、このアイドルちゃんたちの自然な笑顔が、これが画面にクローズアップで映ることが、彼女らの魅力につながる。一人ひとり。だから、なにか面白いことをやって、笑っている笑顔を抜いていく。作り笑顔じゃない、本当の笑顔が見えますよ』とかなんとか言って。

(玉袋筋太郎)物は言いよう(笑)。

(森昌行)結構、強引にやりながら。結構、叱られたんですけどね。実際はね。『なんてことをやるんだ!』みたいな。それで、『たけし軍団』っていう名前をつけてですね。お弟子さんたちに。それで、その番組でスタートしたのが、とっかかりなんですけどね。その、たけし軍団の出発というのは。

(玉袋筋太郎)それをこう、中学時代の俺が見ているわけだからね。面白そうな人たちだなー!なんつって。

(小林悠)憧れるなー!入りたいなー!ってなったわけですよね。

(玉袋筋太郎)で、そこでまあ、軍団さんをつかって殿が。あのコーナー、あったじゃないですか。そっから殿と親密になっていくっていうのは、どう・・・距離を置くじゃないですか。うちの師匠も。

(森昌行)あのー、なんでしょうね?たけしさん、やっぱりすごいんですけど。まあ、調子に乗っているのはこっちですよね。要するに、もう当時、漫才ブームでも頂点を極めた方ですから。それが、持ってらっしゃる番組で。で、自分はまだ若造で、言ってしまえばね、その、対等になにかを話してもらえる立場じゃないんですけども。たけしさん、やさしい方で。『飲みに行こうよ』とか、遊びに関しては夜、誰かを連れてっていうようなことで、お誘いの言葉を何度かいただいて。

(玉袋筋太郎)おおー。

(森昌行)一緒に飲み食いするようなことが、ちょっとあったんです。で、私の方はまあ、生意気でなおかつ、なりたてのディレクターですから、その気になっちゃってですね。なんか、町を歩いていると偉くなったような気がして(笑)。

(小林悠)(笑)

(森昌行)それで、一時はたけしさんの住んでらっしゃる四谷のマンションという・・・当時、太田プロにたけしさん、所属してらっしゃったんですけど。そこに数ヶ月間、寝泊まりしたこともあるんですよ。

(玉袋筋太郎)このね、同棲してたの。同棲ですよ!

(小林悠)(笑)

(玉袋筋太郎)これ、すごいですよね。普通、一緒にね、寝起きするなんてのは・・・

(森昌行)いや、ただね、これは一緒に寝起きって言いますけど、たしかにたけしさんのマンションというか、まあアパートというか。部屋に戻るところまでは一緒なんですよ。で、そっからがまるで違うんですよ。っていうのが、私はもう、半ば酔っ払ってます。時間も時間ですから、明日もあるしで。で、『森さん、隣で寝ていいよ』って言われて、『じゃあ、お先します。おやすみなさい』ってこう、寝ているでしょ?

(玉袋筋太郎)うん。

(森昌行)で、その後、たけしさん違うのは、それからシャワーを浴びて、お酒を全部覚ますんですよ。

(小林悠)ええっ?

(森昌行)で、こちらもなんとなくこう、半分眠い目をこすりながら見ていますとですね、たけしさんはそこでシャワーを浴びてお酒を覚まして、なおかつ、自分の部屋に行って、なにか、ずーっとこうやってらっしゃる風なんですけど。それは、なにをやっているかわかるか、次の日の朝、私が出て行く時に見ると、明かりがつけっぱなしで。枕元にネタ帳が置いてあって、鉛筆が置いてあって、そのまんま寝ちゃったっていう感じなんですよ。ですから、努力というか、見えないところでの努力っていうのは人並み外れてましてね。

(玉袋筋太郎)うーん・・・

(森昌行)我々は、飲んで酔っ払って、それで終わりの日々なんですけど。たけしさんはもう、ぜんぜん。飲むのは飲む。遊びは遊び。で、やらなきゃいけない仕事は仕事で、どんなに遅くなっても、それをやってらっしゃるんですよ。そうするとね、自分が、当然のことながら、恥ずかしくなって。

(玉袋筋太郎)ですよね。

(森昌行)自分が調子に乗ってね、有名人のビートたけしさんと一緒に飲んでるんだぞ!なんていう勘違いは、逆にすっ飛んじゃいますよね。逆に、ああ、これじゃあ自分もダメだ。なんとか、そういう人とお仕事をするために、ちゃんと向き合うために、ちゃんとやんなきゃいけないなってことに気づくから、もちろんパッと引き上げてですね。たけしさんにも、『本当にいい企画があった時、よろしくお願いします』って。たけしさんは覚えてないと思うんですけどね。

(玉袋筋太郎)はー!

(森昌行)なんとなく、そういう感じですよね。やっぱり、たけしさんのことを天才っていう言い方で、『天才たけし』って簡単に言いますけども。やっぱり、天才と言わせるだけのセルフプロデュースなり、努力を超えただけの、なんて言うかな?やっぱり、もう持ってらっしゃるものが、そもそもお有りの方ですよね。

(小林悠)努力できることも、やっぱり才能のうちと言いますけど。

(玉袋筋太郎)そういう人の、どうやったら弟子になれるんだろうな?あ、俺か!

(小林悠)(笑)。幸せなことですよね。

(森昌行)でも、その努力のことで言うと、これ、たけしさん、ある映画祭で言っていたことですけど。『たけしさんは自分を天才だと思いますか?』って、あるお客さんが質問したんです。それに対するたけしさんの答えは、『エジソンだか誰だかが言ったかもしれない「天才とは99%の努力と1%才能だ」だったか、なんだったかな?』と言いながらですね、たけしさんが言ったのは、要するに『みんな簡単に、99%努力すれば天才になれると思っているかもしれないけど、それは解釈が逆で。努力が99%、仮に成立したとしても、あと1%の才能がなければ、天才になんかなれなんだぞ。だからせいぜい、我々にできることというのは努力ぐらいしかないから、せいぜい努力ぐらいしなきゃどうしようもないでしょう』と。つまり、1%の才能というのは99%の努力よりも上回るっていう意味なんですよね。

(玉袋筋太郎)うーん・・・

(森昌行)その1%の才能が普通の人にはないから、そこをして天才と言わしめるんだと。だから我々にできるのは、せいぜい努力でしょう。だとしたら、99%の努力なんか、当たり前だって意味だという風におっしゃって。

(玉袋筋太郎)くぁーっ!

(森昌行)会場の、もう万雷の拍手を。もう、すごいと思いましたね。

(玉袋筋太郎)鳥肌立ちますねー、それは!

(小林悠)もう、なにも言い返せなくなってしまいますね。これはね。

(玉袋筋太郎)教科書に載りますよ。いまの一言は。

(小林悠)名言。

<書き起こしおわり>

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