プチ鹿島が語る プロレス冬の時代の棚橋弘至の決断と行動

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プチ鹿島さんがTBSラジオ『東京ポッド許可局』タコ壺論の中で、プロレス冬の時代、新日本プロレス低迷期に棚橋弘至さんがした決断と行動について語っていました。


(マキタスポーツ)で、そこで、でも本当にビジネスになっているか?っていうと、音楽業界ではやっぱり1万人の武道館をいっぱいにしたぐらいでは、大したビジネスじゃない。

(サンキュータツオ)まあ、赤だよね。どっちかって言うとね。でも、プロレスはドーム興行あるもんね。

(プチ鹿島)あの、一時期よりは・・・昔は3回、4回やってたんですけど。90年代ね。2000年代に、もう劇的に下がったんですよ。それはなぜか?っていうと、まあ選手がいろいろ分派したっていうのもあるんですが。まあ、やっぱり猪木の幻影を追い過ぎて。やっぱりそれで、『じゃあ、格闘技見た方がいいじゃん。強さを求めたら。ストロングスタイル見たかったら』っていうのになったんですけど。それが面白いことに、途中からね、この間僕、トークライブをやったんですけど。棚橋弘至っていう人が。わかりやすく言うと、イケメンでチャラ男的なキャラの人なんです。

(サンキュータツオ)そういうの、大事ですよ。

(プチ鹿島)で、そういう人がメインイベントで2000年代中盤ぐらいから、立って。どんなに激しい試合をしても、だって昔の姑みたいなさ、猪木で育ったファンはもうブーイングを飛ばすわけです。それはもう、エンタメとしてのブーイングじゃなくて、お前なんか認めねえよ!っていう。で、それで棚橋はもう3年、4年ぐらい悩んで。あの人はじゃあ、なにをしたか?っていうと、新しい観客を自分が作って連れてくればいいんだっていうことで。

(サンキュータツオ)うん。

(プチ鹿島)たとえばプロモーション。営業部員と一緒に全国津々浦々の、営業さんだけが行くところに自分もついていって。たとえば地元。山梨なら山梨で、今度興行やりますっていう時にはやっぱり、山梨のラジオ局とか飛び入りで参加させてもらって。で、プロレスっていま、知らないでしょ?ゴールデンタイムでやってないから。プロレスじゃない。自分を売り込むんだって。

(サンキュータツオ)ほう。

(プチ鹿島)で、イケメンで。『あ、こんな人がプロレスをやるんだ』っていう、自分に興味を持ってもらって、会場に。で、それでいま、めちゃくちゃ客層が入れ替わったんです。

(サンキュータツオ)へー!

(プチ鹿島)言ってみればもう、マニアを切ったんですよ。で、20代、30代の女性も半分ぐらいで。V字回復で。とんでもない人気者になっているんです。

(サンキュータツオ)すごいね。

(プチ鹿島)で、認められて。だから、やっていることはビジネスマンの、いかに閉塞感を破るか?っていう。まあ、本にも出しているんですけど。あれは、タコ壺を完全に・・・そのタコ壺にいたら、自分は認められなかったわけだから。新しいタコ壺を作ったわけです。だから。

(マキタスポーツ)うーん、なるほどな。

(プチ鹿島)すごいよ。猪木の正反対だもん。言ってみれば。

(サンキュータツオ)そうだね。

(プチ鹿島)チャラチャラしてて。だけど、試合はすごいから。自分をとにかく、見に来てほしいっていうことで。ある意味、姑を切ったんですよね。

(サンキュータツオ)あー、姑ね。そうだね。

(プチ鹿島)で、しかもタイミングも良かったんですよ。ブシロードっていうところがオーナーになって。そこの木谷さんっていうのが名言で。『ジャンルはマニアが破壊する、壊す、潰す』っていう。で、棚橋の言っていることと一致して。それはフロントとトップが同じ考えで。新規顧客を獲得する、がんばろう!っつったら、それはV字回復しますよね。

(マキタスポーツ)音楽で言うとね、やっぱりきゃりーぱみゅぱみゅとかね。は、やっぱりタコ壺に安住しない感じのやり方ですよね。で、つなげて言うと、だからおかしな響きになりますけど、SEKAI NO OWARIはタコ壺を出ようとしてますね。

(鹿島・タツオ)うん。

(マキタスポーツ)だから、僕はいいことだと思っています。

<書き起こしおわり>