吉岡雅史・安住紳一郎 バッティングセンターマニア談義

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バッティングセンターマニアの吉岡雅史さんがTBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』に出演。全国各地や海外のバッティングセンターの様子、最新マシン、システムや名物のお客さんの話などをしていました。


(安住紳一郎)それでは、今日のゲストです。バッティングセンターマニア、吉岡雅史さんです。おはようございます。

(吉岡雅史)おはようございます。

(安住・中澤)よろしくお願いします。

(吉岡雅史)よろしくお願いします。

(安住紳一郎)雅に歴史の史で雅史さんということですが。1963年、昭和38年生まれ。51才。大阪府のご出身。日刊スポーツの記者だった1996年からバッティングセンター巡りを始め、約2年で全国47都道府県を制覇。現在はフリーライター業の傍ら、国内のバッティングセンター全制覇のみならず、海外制覇を目指してバッティングセンター巡りを続けていらっしゃいます。もう、新聞社をお辞めになったんですか?

(吉岡雅史)10年以上前に。

(安住紳一郎)そうですか。それは、バッティングセンター巡りのために?

(吉岡雅史)全然関係なく。

(安住紳一郎)関係なくですか?(笑)。

(吉岡雅史)単なる上司とのケンカで辞めました。

(安住・中澤)(笑)

(安住紳一郎)じゃあやっぱり、元々、野球の記者かなにかをやってらっしゃったんですか?

(吉岡雅史)高校野球と阪神と中日とちょろっとはやってたんですけど。

(安住紳一郎)そうですか。その後、現在はフリーライターで。

(吉岡雅史)はい。開店休業状態のフリーライターです。

(安住紳一郎)いえいえいえ。ちょっと、色の焼けた感じと眼光の鋭い感じは、元新聞記者っていう感じのね、雰囲気ありますよね。さて、バッティングセンターを全国はもとより、海外も回ってるんですか?

(吉岡雅史)はい。

(安住紳一郎)きっかけはなんですか?

(吉岡雅史)まあ元々、比較的バッティングセンターによく行く子どもだったんですけど。体小さくて力なくて。野球部には入れない。

(安住紳一郎)えっ?野球部じゃないんですか?

(吉岡雅史)野球部じゃないんです。好きだけど、下手だし、自信がなくて。でも好きだというジレンマがあって。そんなので、バッティングセンターはずっと行っていて。それから日刊スポーツの大阪本社にいたんですけど、人事異動になって会社の内勤になって。で、自動車通勤をするようになって、それでまあ、途中近くに本当にバッティングセンターがあったんですよ。だから休みの前の日に寄って行ったりとか。暇な時に仕事をサボって打ちに行くとか。

(安住紳一郎)はい。

(吉岡雅史)そういうことをやり出して、かなりハマっていったのがそもそものきっかけです。

(安住紳一郎)デスクワークになって、机に座る仕事が多くなったんで、なんとなく息抜きにという感じで、バッティングセンターに?

(吉岡雅史)行ってたんですね。で、頻繁に行っているとそれなりに上手くなったのかな?と。勘違いするようになるじゃないですか。

(安住紳一郎)いや(笑)。あの、上手に打てるようになると、またどんどんハマっていきますよね。

(吉岡雅史)そうなんですよね。それで、そんな時に、95年の秋なんですけど。中学校の時の同級生の結婚式で、普段絶対聞かない新郎上司のスピーチというのに釘付けになりましてね。

(安住紳一郎)はあ。

(吉岡雅史)で、『今年度、我が社は全国制覇を達成しました』って言って。何かな?と思ったら、彼が営業部にいて。営業部の年度目標で47都道府県で契約を取ってくると。それで僕の友人が愛媛の田舎の役所を相手に契約を取って達成したばっかりです!っていう。もうその時に『全国制覇』っていう文字が頭の中にドーン!と来ましてね。面白いじゃねーか!と。

(安住紳一郎)そうですか(笑)。

(吉岡雅史)それで、じゃあ自分はこれで全国を回ろう!と。単なるそれだけのものなんですよ。

(安住紳一郎)偶然出た友人の結婚式の・・・

(吉岡雅史)『全国制覇』という四文字熟語。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)結婚式のスピーチで。全国制覇という。

(吉岡雅史)これで行ってやれ!と。

(中澤有美子)吉岡さんが行くとしたら、バッティングだと。

(吉岡雅史)そうなんですよ。

(安住紳一郎)はー!周りの方の反対はありませんでした?

(吉岡雅史)反対はないんですけど。最初はよく馬鹿にされましたよ。『何やってんだ?お前』と。『そもそも、バッティング好きなら遠くに行かなくても、近くでやったらいっぱい打てるじゃないか』と。

(安住紳一郎)そうですね。

(吉岡雅史)まあでも、同じところで打ってるのもね、また物足りなかったので。じゃあ、知らないところに行って、自分がどれだけ上手くなったのか?とか。そんなことも確かめられるし。で、ちょうど95年の阪神淡路大震災がたぶん影響してたと思うんで。あの、怖かったんですよね。ずっと。関西にいるのが。

(安住紳一郎)あー。

(吉岡雅史)おそらく。だからちょっと遠くに行きたいという願望もあったんだとは思います。

(安住紳一郎)そして吉岡さんの特徴的なのは、草野球のスター選手になりたいとか、それをバッティングセンターで培った技術を何かに還元するっていう考えはなかったんですね?

(吉岡雅史)その時はぜんぜんなかったです。単に本当に面白そうだからやってみようと。

(安住紳一郎)はー!そして現在、日本全国何ヶ所のバッティングセンター行かれたんですか?

(吉岡雅史)ええと、871ヶ所。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)871ヶ所(笑)。残りはいくつぐらいあるんですか?

(吉岡雅史)あのね、1000あるかどうかなんですよね。ですからたぶんあと100軒くらいかな?と。

(安住紳一郎)きちんとした数字は出てないんですか?

(吉岡雅史)ないんですよ。そういう業界団体もなく。

(中澤有美子)そうなんですねー。

(安住紳一郎)じゃあ普通にタウンページやインターネットで調べて?

(吉岡雅史)もうおっしゃる通りです。またそれが実数ではないので。それがその、登録していないところも当然ありますし。載っていても潰れていたりとか。

(安住紳一郎)そうですよね。

(吉岡雅史)だから、誰も知らないんですよ。それを、まずひとつひとつ紐解いていく面白さがまた、さらに拍車をかけて。そんなことになっています。

(安住紳一郎)遊園地の中にあるかもしれないし、ゲームセンターの中のひとつのアトラクションとしてあるかもしれないので。バッティングセンターだけ、字を探してもいけないんですよね。

(吉岡雅史)そうなんですよ。

(安住紳一郎)タウンページにバッティングセンターの項目はあるんですか?

(吉岡雅史)あります。

(安住紳一郎)あるんですか(笑)。

(吉岡雅史)あります。だから毎年、まず図書館に行って。全国のタウンページをチェックしに行くんですけど。いま、300冊近くあるんですよね。47都道府県で。

(安住紳一郎)全国で。

(吉岡雅史)だから調べるのにまあ3日ぐらいかかって。で、またインターネットで調べて。そうこうしてると、たまたま知り合った人が、『ああ、うちの地元にもあるよ』とか、『そこ行ったことある?』とか。そんな口コミみたいなのがあって。

(安住紳一郎)へー。で、そのデータを作って、いずれは何か出版しようとか、データベースの公開をしようとか、そういう?

(吉岡雅史)ゆくゆくはやりたいんですけど。いままでに2、3度そういう話が出ては立ち消え、出ては立ち消えで。

(安住紳一郎)まあでも、残り100を潰してからでしょうね。やっぱりね。

(吉岡雅史)まあ、ねえ。いまとなったら、そっからしかスタート地点がないので。

(安住紳一郎)そうですか(笑)。そして海外にも行くんですね。

(吉岡雅史)はい。まだアメリカとカナダだけですけど。

(安住紳一郎)はあ。バッティングセンターというのは、やっぱりアメリカの方が歴史も古く、本格的なんでしょうか?

(吉岡雅史)歴史は向こうが古くて。おそらく、1960年代に入った時ぐらいにできたはずなんですけど。設備としては、もう日本の方が圧倒的に優秀です。もう。

(安住紳一郎)そうですか。なんとなく、そういうマシーンを使った練習事って、なんとなくアメリカの方が進んでそうなイメージ、ありますけど。

(吉岡雅史)だからそういう練習は練習でできるから、ああいう娯楽施設は本当にお父ちゃんが小さい子どもを連れてきて楽しむぐらいの。そのぐらい、土地に余裕がありますから。日本人みたいにバッティングセンターで打ち込んで練習するって、そこまでしなくてもいいんでしょうかね。だから、かなりコントロールもいい加減ですし。ボールを集めるためにフロアに傾斜があるのはいいんですけど、打席の途中から傾いていて。

(安住紳一郎)ああ(笑)。

(吉岡雅史)種田選手のフォームみたいな。

(安住紳一郎)前傾しちゃって(笑)。

(吉岡雅史)そういうのが、ぜんぜん少なくないです。

(安住紳一郎)はー。バッティングセンターは、男の人だとまあ、かならず1回は行ったことあると思いますし。女の人もあるんですかね?どうですか?

(中澤有美子)うんうんうん。ありますね。ゲームセンターに行って、ちょっとついでにやってみるみたいな感じですかね。

(安住紳一郎)そうですねー。

(中澤有美子)楽しいですよね。

(安住紳一郎)そうですね。でも、年に1回かならず行くっていう人はなかなか・・・いますか?どれぐらいですかね?

(吉岡雅史)どうなんでしょうかね?まあ、行く人はよく行くし。友達と行くとか、家族で行くケースもあるのかな?まあ、人それぞれのサイクルがあるんで、全部はわかんないですけど。ただ、全く行ったことがない人っていうのは、なかなかお会いしたことがなくて。どなたも1回くらいは行ってらっしゃる。

(安住紳一郎)さあ、今日は吉岡雅史さんにこのテーマでお話いただきます。『今日の午後、あなたもかならず行きたくなるバッティングセンターの話』。まずは一気に紹介します。今日の午後、あなたもかならず行きたくなるバッティングセンターの話 その1。マシンの飽くなき進化。その2。バッティングセンター界の超人たち。その3。バッティングセンターにもカネが落ちている。以上の3つです。さて、まず1つ目は、マシンの進化。これは、私たちが知っているのは、本当にロボットの手のような感じで。

(中澤有美子)バシン!って。

(安住紳一郎)長い棒が本当にピシュン!と出てくるマシンと・・・

(吉岡雅史)アーム式ってやつですね。

(安住紳一郎)アーム式。あとはもう1つ。丸い・・・

(吉岡雅史)タイヤ式。

(安住紳一郎)タイヤが2つ回っていて、その間をボールが通ると、勢いがついてビュン!って出てくる感じのマシンがありますが。この2つだけじゃないんですか?

(吉岡雅史)あの、長年その2つがほとんどだったんですけど。この3年ほど前からですかね?エアー式という、空気圧を使ってボールを投げるというか、バズーカ砲のようなマシンが出てきまして。それが、ちょこちょこバッティングセンターで見かけるようにはなりました。

(安住紳一郎)はー。そのマシンがもう、町に出始めてる?

(吉岡雅史)はい。

(安住紳一郎)そんなに、あれですか?じゃあ、突然穴からポコーン!って出てくる感じなんですか?

(吉岡雅史)そうです。

(中澤有美子)圧縮した空気で。ブハーッ!って?

(吉岡雅史)はい。だからボール出た瞬間、シュポーン!という音と一緒に、ちょっと煙がパーン!って。



(安住紳一郎)へー。なんかちょっとあれですね。タイミングが取りづらそうですけど。

(吉岡雅史)そうですね。あの、ピッチャーの映像なんかがあればいいんでしょうけど。マシンだけで来ると、ちょっと、野球やっていた人ほど難しくなると思います。

(安住紳一郎)なるほど。ピッチャーの投げるタイミングが全くわからないので。

(中澤有美子)そうですよね。来る、来る、来るっていう感覚がないですもんね。

(安住紳一郎)これはじゃあ、かなりこの後、このマシンが、エアー式が主力になりそうですね。

(吉岡雅史)コントロールがとにかく正確なのと、ちょっとした調節で・・・爪があって、それの角度で変化球がいろいろと多彩で。だから、かなりバッティングセンターだけじゃなくて、高校野球、プロ野球で重宝されるんじゃないかなと。そんな可能性は感じています。

(安住紳一郎)結構高価なものなんですか?

(吉岡雅史)ええとね、いくらだったかな?130万円から200万円ほどですから、まあまあ、高性能なアーム式と比べると大差はないですね。

(安住紳一郎)はー、そうですか。変化球は何種類ぐらい、そのエアー式のマシンは投げるんですか?

(吉岡雅史)いやもう、フォーク、パームボール、スライダーとかいっぱいありましたから。本当にダルビッシュみたいな感じで。七色の変化球みたいな。

(中澤有美子)球速もすごいんですか?

(吉岡雅史)球速もいろいろできて。リミッターは170キロまでで。マックスは300キロ出るって・・・

(安住・中澤)へー!

(安住紳一郎)これまでそのアーム式やタイヤ式でも300キロくらい出すマシンはあったんですか?

(吉岡雅史)アーム式の場合はスプリングをたくさんつけると出るんですけど。ああいう構造上、とにかくコントロールが難しいんですよね。

(安住紳一郎)じゃあエアー式で。

(吉岡雅史)エアー式が、コントロールに関しては言うことないですね。ただちょっとボールの軌道がアーム・タイヤとちょっと違うので。最初、違和感を覚えるとは思いますけど。

(安住紳一郎)はー。関東近郊ですでに導入しているバッティングセンターはありますか?

(吉岡雅史)具体名出して大丈夫ですか?比較的新しい、秋葉原の駅前のヨドバシカメラの最上階にあるバッティングセンターにはそれがあります。

(安住紳一郎)ああ、そうですか。で、球速も170くらい?

(吉岡雅史)あれはどうだったかな?まあまあ、そんな速い球は打席立たないんで。結構速いのはあったと思います。

(安住紳一郎)へー!進化してますね。

(吉岡雅史)そうですね。たまたま、開発した方とお話する機会があって。1度聞いたんですけど。意外なところに注目されて。消防関連から、高層建築の火災の際に消火弾を当てられないか?という話が来たりして。なんか、そんな可能性もあるらしいです。

(安住紳一郎)はー!高いところに、火を消すボールみたいなものを入れて。

(吉岡雅史)そしたら、スカイツリーとかそんなところでも、行くんじゃないか?っていう話が来たと。

(安住紳一郎)スピードと、正確なコントロールで。

(吉岡雅史)そうなんですよ。そこには間違いなく行きますから。

(安住紳一郎)はー!バッティングセンターで全国で最も速いボールを設定しているバッティングセンターっていうのは?

(吉岡雅史)あの、北九州に、毎日じゃないですけど、いま240キロが出ますね。

(安住紳一郎)そうですか(笑)。

(吉岡雅史)普段は200キロで。ずっと休みの日は230キロってやってたんですけど、去年の夏からパワーアップして240。



(安住紳一郎)北九州に。へー!

(吉岡雅史)三萩野バッティングセンターっていう。

(安住紳一郎)三萩野バッティングセンター。それ、まやかしじゃなくて?

(吉岡雅史)本当です。毎朝、社長さんが設定して、スピードガンで測って。それなのに、お昼に常連さんから『社長!遅いよ』って言われて。『そんなことはないよ。朝、測ったよ』って。『じゃあ測ってみろ!』って言われて、測ったら210キロだったっていう。

(安住・中澤)へー!

(安住紳一郎)銭湯の温度みたいな(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(吉岡雅史)そうです。そうです。そうなんですよ。もう、一緒なんですけどね。

(安住紳一郎)『ちゃんと測った?』って(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)210キロ、230キロ。当然、吉岡さんは経験なさいました?

(吉岡雅史)はい。

(安住紳一郎)どうでしたか?

(吉岡雅史)あの、タイミングを取りそこねて1本だけ前に飛びました。当たって。

(安住紳一郎)何球中?

(吉岡雅史)15球中、1本前に飛んで。ファウルチップが2本。

(安住紳一郎)はー!

(吉岡雅史)もうそもそもね、打席に立つのが怖いです。

(中澤有美子)ねー!

(吉岡雅史)もう、ひとつ間違えたら、間違いなく致命傷になりますから。

(安住紳一郎)そうですよね。はー!でも、前に飛んだんですね。

(吉岡雅史)たまたまですけど。

(安住紳一郎)いやいやいや。

(吉岡雅史)でも、常連さんはバカスカ打ってますよ。

(安住紳一郎)ああ、そうですか。それは気持ちいいでしょうね。

(吉岡雅史)と、思います。

(安住紳一郎)きっとプロでもたぶん、最初は空振りだらけですよね。きっと。

(吉岡雅史)まあ、プロこそ無理じゃないですか?

(安住紳一郎)そうですよね。もう、本当にヤマ勘であれですよね。振ってるところになんかこう、上手くタイミングが合えばっていう感じで?

(吉岡雅史)はい。それだけですね。

(安住紳一郎)15球300円くらいでできるんですか?

(吉岡雅史)250円くらいでしたね。

(安住紳一郎)250円で。はー!ちょっと1度ね、行ってみたくなりますよね。体験してみたいなっていう感じ、ありますけども。他にも最近、バッティングセンター、有名な日本のプロ野球の選手がスクリーンに出て対戦できるっていうのはよくありますけども。

(吉岡雅史)バーチャル映像ってやつですね。

(安住紳一郎)バーチャル映像。他にも何か、新しい取り組みしてるもの、ありますか?

(吉岡雅史)そうですね。富山県高岡市で、ある程度実費を払うと、自分の投げる投球フォームを2週間採用してくれるっていう。

(安住紳一郎)そうですか(笑)。

(中澤有美子)へー!

(安住紳一郎)バーチャルに、自分が出てくるんですか。

(吉岡雅史)安住さん、どうですか?

(安住紳一郎)いやいやいや(笑)。あんまり興味ないですけど(笑)。

(吉岡雅史)いや、でもお客さん、来ると思います。

(中澤有美子)安住さんが投げるって。

(安住紳一郎)いやいやいや。はー。

(吉岡雅史)あと、また僕の自宅から近いんですけど、大阪の門真市というパナソニックの本社があるところで、そこのバッティングセンターがパナソニックの野球部のピッチャーを投げさせてるんです。

(安住紳一郎)はー!

(吉岡雅史)だから打席のところに『パナソニック野球部 田中投手』とか書いてあるんですけど。当然、誰も知らない。

(安住紳一郎)(笑)。まあ、地元の関係者は、『ああ!』っていう。ノンプロの。

(吉岡雅史)もうかなりコアな人じゃないとわからない。

(安住紳一郎)そうですか(笑)。

(中澤有美子)バッティングセンター自体は世の中には増えているんですか?減ってるんですか?

(安住紳一郎)減ってるんじゃないんですか?

(吉岡雅史)近年、確実に減っています。

(中澤有美子)そうなんですね。でも、工夫が。すごい積み重なって。

(吉岡雅史)ただあの、旧来型のバッティングセンターは、まあ減る傾向なんですけど。新しいのがありまして。野球の練習できるスペースがね、倉庫の中を改造して人工芝を敷いて。普通のピッチングマシーンを置いて。それで、パートナーを連れてきて、1時間いくらとか、そんなので練習をすると。だからその時間は、打とうがキャッチボールしようが自由だという。

(安住紳一郎)あ、なるほど。じゃあ面貸しみたいな、そういう・・・

(吉岡雅史)それはかなり急速に増えてきてるかな?と思いますね。

(安住紳一郎)じゃあ守備の練習なんかもバッティングセンターでする時代が来てるっていうことですね。

(吉岡雅史)はい。まあ元々その、守備練習できるバッティングセンターもあるんですけどね。岐阜に。

(安住紳一郎)岐阜の、守備練習するバッティングセンターってどういうことですか?

(中澤有美子)(笑)

(吉岡雅史)バッティングの時にボールが出てくるように、あれがゴロが来るように改造されていて。

(安住紳一郎)はあはあはあ、ノックしてくれるっていう感じですね?

(吉岡雅史)そうですね。結構しんどいですよ。やってみるとね。

(安住紳一郎)そうでしょうね。で、少し右に左に振られて?

(吉岡雅史)そうなんです。そうなんです。

(安住紳一郎)はー!

(吉岡雅史)最初は張り切って取って、投げたりしてるんですけど。だいたい、1ゲーム30球でしたかね?もう20球をすぎたぐらいになって、もう足も動かなくなって。

(安住紳一郎)そうですよね。『行けるか?』みたいなコーチとの問答がないですもんね。一定間隔でピュンピュンピュンピュン来る感じで。

(中澤有美子)そうですね(笑)。『まだまだ!』とか言わない。

(吉岡雅史)そうなんです。情け容赦なく30球。右に左に。

(安住紳一郎)(笑)。さて、あなたも今日の午後行きたくなるバッティングセンターの話。2つ目は、バッティングセンター界の超人たちということですけども。吉岡さんもすでに超人の域に入っていると思いますけども。よく、ニュース番組なんかで特集されますよね。バッティングセンターに通って記録作っているおじさんたちが。

(中澤有美子)そうですね。ええ。

(安住紳一郎)鹿児島のイチローさんなんて、有名ですよね。

(吉岡雅史)満山一朗さんっていって、この人はたぶんちょっともう、まあテレビ出演だけじゃなくって、プロ野球界にも名の轟いている方で。



(安住紳一郎)プロ野球界にも名前が?

(吉岡雅史)はい。

(安住紳一郎)この人は、70いくつでしたっけ?

(吉岡雅史)いま、75才。野球経験がなくって。60才を過ぎてから、バッティングセンターで打つようになって。

(安住紳一郎)60過ぎてから?はー。

(吉岡雅史)まあそれで地元のバッティングセンターで通算ホームランを2000本打ったとか。現役の球児とホームラン競争をして勝ったとか。それで一度、メジャー挑戦する寸前の川崎宗則選手と勝負することになって。ホームラン競争して、9対8でかろうじて川崎選手がプロの面子を保った。

(安住紳一郎)はー!

(吉岡雅史)それに対して満山さんは悔しがっている。負けた!と。

(安住紳一郎)メジャーリーガー相手に(笑)。

(吉岡雅史)75才ですよ。

(安住紳一郎)バッティングセンターのホームランっていうのは、あれですよね。的みたいなのがあって、そこにポコーンって当たったり・・・

(吉岡雅史)たまたま当たれば。

(安住紳一郎)たまたま当たったり、入ればいいっていう。はー。

(吉岡雅史)だからなにも100メートル飛ばす必要はなくって。20メートル先、30メートル先のところにたまたま当たればいいので。だからあの、本当に子どもでも女性でも、野球の苦手な人でも、可能性はあります。

(安住紳一郎)そうですね。さて、3つ目ですけども。バッティングセンターにもカネが落ちている。グラウンドにカネが埋まっているっていうのは、南海の鶴岡監督の言葉で有名な言葉、ありますけども。バッティングセンターにもお金が埋まっているんですか?

(吉岡雅史)まあそのホームランの景品として、1本打てばいくらと。現金の出るところが、少ないですけど全国にありまして。

(安住紳一郎)はー。ご褒美で。

(吉岡雅史)はい。

(安住紳一郎)結構、出しているところではどういうところがありますか?

(吉岡雅史)出してるっていうのは金額ですか?僕が確認した中では、1万円っていうところがあるんですけど。そこはものすごく小さい的で。割と本数がたくさん出ているところは、水戸で1本1000円なんですけど。そこは常連さんで、年間1700本打たれた方がいて。あと、年間1000本超えが6人ぐらいいるのかな?

(安住紳一郎)ええっ!?

(吉岡雅史)そういう恐ろしい世界です。

(安住紳一郎)もう、あれですね。パチンコみたいな感じですね(笑)。

(吉岡雅史)そうです、そうです。もう王さんの記録が霞んでしまうぐらいの。

(安住紳一郎)っていうことは、それで収支プラスの人がいるってことですか?それはさすがにないですよね?

(吉岡雅史)ええとね、本人はまあ、税金対策上等々あるのかな?そのへんは言葉を濁してはるんですけど。絶対儲けてるな、この人はと思うんですけど。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)なるほどー!そうか、そうですよね。いま、競馬で儲かっても税金納めなきゃいけない時代ですから。時代っていうか、まあそういうあれですから。へー!水戸にありますか。

(吉岡雅史)水戸駅から歩いて10分くらいですかね?駅南バッティングセンターっていうところで。

(安住紳一郎)で、結構出るんですね。じゃあホームランが。

(吉岡雅史)あ、出る人は出るんですけど。僕は延べ4、5回足運んで、1000球以上打ってますけど、まだゼロ本で。

(安住紳一郎)ああ、そうですか。じゃあ結構コツがいるんでしょうね。年間1000本打っている人がいるんですか?

(吉岡雅史)はい。僕の確認した最多では、一昨年千葉で2336本っていうのが。

(安住紳一郎)ええーっ!?

(吉岡雅史)それまでは水戸の1700本が、たぶん世界記録だったんですけど。

(安住紳一郎)ええ。

(中澤有美子)世界記録(笑)。

(安住紳一郎)えっ?年間2000本打つっていうことは?

(吉岡雅史)毎日6本以上打たないとダメですね。

(安住紳一郎)で、ホームラン打ったオマケだけで200万くらい稼ぐ?

(吉岡雅史)水戸はお金が出ますけど、その千葉は普通にゲームコインがもらえるだけとか。そんなです。

(安住紳一郎)えー。でも、水戸のバッティングセンターで1000本打ったら、100万いきますもんね。

(吉岡雅史)そうですよね。

(安住紳一郎)はらー!すごいですね。

(中澤有美子)すごいですね!ほー。

(安住紳一郎)あれ、ホームランを打つコツみたいなのはあるんですか?

(吉岡雅史)まあ技術的なものは素人なんでわからないですけど。まあ、慣れ出。たまたま自分がここでこのスピードの球を打つと、そのへんぐらいに飛ぶっていうのがきっとわかってくるので。そういうのを探しつつ通うと、結構。当たりだすといくらでも当たるのかな?と思いますね。

(安住紳一郎)なるほど。

(中澤有美子)コツをつかむまでに、たくさん投資する必要がありそうですね。

(吉岡雅史)うーん・・・

(安住紳一郎)吉岡さんは別にホームランを打ちたい・・・

(吉岡雅史)当たればうれしいですけど。目的はそっちじゃなくて、技術をちょっとでも磨けたらというのがあるのと、全国各地にこんなバッティングセンターがあったらというウンチクを仕入れに行ってますので。ホームランはオマケとして。

(安住紳一郎)そうですか。ねえ。いや、でもたくさん超人たちがいらっしゃいますね。そして、不思議なのは吉岡さんもそうですけど、バリバリ野球を学生時代に取り組んでいたという人ではなく、社会人になってからバッティングセンターに通い、野球というよりもバッティングセンターのバッティングがお好きという(笑)。

(吉岡雅史)はい。どっちかと言うと、そうなります。

(安住紳一郎)本当ですね。面白いですよ。うん。

(中澤有美子)そうですね。

(中略)

(中澤有美子)今日、ゲストにお迎えしていますのはバッティングセンターにお詳しい吉岡雅史さんです。

(安住紳一郎)はい。ラジオを聞いてるみなさんから、バッティングセンターの話。メールでいただいて、いま吉岡さんに見ていただいたんですけども。吉岡さん、やっぱりあれですね。バッティングセンターを愛している人からの意見を見ると、もううれしくて仕方がないみたいですね(笑)。

(吉岡雅史)あ、もううれしいですね。批判でも構わないです。

(安住紳一郎)(笑)。たぶんラジオを聞いている人で、『私も、俺もバッティングセンターの話をいろいろしたいんだ!』っていうね。でも、周りにはなかなかその話を聞いてくれる人がいないっていう方は、どうぞ吉岡さんのもとに情報を、シャワーのように(笑)。

(中澤有美子)集ってください。

(安住紳一郎)(メールを読む)『こんにちは。茨城県常陸大宮市の大宮市役所の近くのパチンコジャンボにあるバッティングセンターは行きましたか?』。いかがですか?

(吉岡雅史)たぶんあの、大宮スタジアムというところだと思いますけども。行って、ちゃんとホームランを打たせていただきました。

(中澤有美子)さすが。

(安住紳一郎)パチンコジャンボ。パチンコ屋さんにあるんですか?

(吉岡雅史)パチンコ店は覚えてないですね。バッティングセンターしか見えてないので。

(安住紳一郎)はー!(メールを読む)『一時、バッティングセンターでホームランを連発している女子が話題になりましたが、交流はありますか?』。

(吉岡雅史)あ、あの新宿の方ですね。残念ながらないんですけど。

(安住紳一郎)存在は知ってますか?

(吉岡雅史)知ってます。『女バレンティン』って新聞に書かれていた方ですね。

(安住・中澤)(笑)

(安住紳一郎)女バレンティン。ホームラン王。いっぱい打つんだ(笑)。

(中澤有美子)(笑)

(安住紳一郎)それからこの方は女性ですね。(メールを読む)『バッティングセンターマニア吉岡さんに質問です。私はいちばん好きな後楽園のバッティングセンターの硬式・左打席でスカートのままストレスを発散させている野球女子です』。硬式のバッティングセンターってのはあるんですか?

(吉岡雅史)あの、そうですね。一部の打席で硬球が出てくるっていうのが。そんなに多くはないけど、ありますよ。

(安住紳一郎)へー!

(吉岡雅史)その逆に、ソフトボールがあったりとか。

(安住紳一郎)あ、ソフトボールのバッティングセンター。はー!(メールを読む)『イチロー選手をはじめ、右打者が左にというのが当たり前になって久しいにも関わらず、バッティングセンターでは左打席はどこでも端っこの条件の悪いところばかりです。真ん中に両打席、左打席のあるバッティングセンターというのは増えないのでしょうか?』という。

(中澤有美子)なるほど。

(安住紳一郎)これはたしかに、あれですね。左バッターはあんまり打席がないですもんね。

(吉岡雅史)そうですね。昔ながらのバッティングセンターだったら、7打席ぐらいあって、左打ちがいちばん左端で。引っ張るしかないっていうのが昔は多かったですね。

(安住紳一郎)ゴルフの練習場もね、スライサーの左利きの人はもうどうしようもないみたいな。ネットに打ち続けているみたいな(笑)。

(吉岡雅史)はい。まあ、少ないんですけど、この5年でできた新しいところだったら、全打席両打ちとかそういうところはあるんですけど。まあ全般的に、まだそうですね。左バッターはかなり虐げられてる部類ですかね。

(安住紳一郎)そうですか。野球選手ね、左打者の方が有利だって言われたりして。右利きの人でもね、左打者に変える人が多い中で、バッティングセンターはちょっとあれですね。

(吉岡雅史)そうですね。一度、調べたんですけど。シーズンの全プロ野球選手の左打席率を調べたら、スイッチを入れて40何%あったんですけど。まあバッティングセンターで左打席対応はまあ、2割くらいですね。

(安住紳一郎)そうですよね。しかも、混みますもんね。

(吉岡雅史)そうなんですよ。また、そんなところに限って、その打席が子ども用に遅い球があったりして。子どもが打ってたりして。余計待たされたりとか。

(安住紳一郎)吉岡さんは何キロのボールの打席が好きなんですか?

(吉岡雅史)だいたい100から120くらいの間なんですけど。お店の表示がかならずしも実数じゃないので。だからその、100キロあるかないかなのに130くらいで表記して、お客さんの気分をよくするサービス精神のあるお店もあるし。まあ実際、マシンがもうちょっと近いと、体感スピード的にはそれぐらいになるんですけど。まあだいたい、草野球で110キロぐらいがそこそこ速い部類じゃないですか。だいたいそのへんに合わせてますけど。

(安住紳一郎)さて、今年もじゃあ、全国グルグル行くわけですね?

(吉岡雅史)はい。

(安住紳一郎)まだ、その気力、衰えてませんか?いつもこのコーナー、マニアの方に来ていただくんですけど、やっぱり後半、その熱意が落ちちゃって。辞めるかどうか、逡巡してるっていう人もいるんですけど(笑)。

(吉岡雅史)(笑)

(中澤有美子)疲れ始めちゃう方も。

(吉岡雅史)それはないんですけど。ただまあ、さすがに50越えてますから。体力は落ちてきて。打てる量は20年前の半分ぐらいになってますね。

(安住紳一郎)今年、2015年は何ヶ所くらい新しいバッティングセンターを行きたいと考えてますか?

(吉岡雅史)毎年50軒を目標にはしてるんですけど。というのは、1週間に1軒、どこか新しいところに行くという目安になりますんで。50。まあ、去年は40くらいでしたかね?ちょっとダメだったんですけど。

(安住紳一郎)そうですか。

(吉岡雅史)それはアメリカで潰れているところがたくさんあって。数、回れなかったんです。

(安住紳一郎)そうですか。

(中澤有美子)行ってみたら。

(安住紳一郎)じゃあこのペースで行きますと、2016年の末くらいには全国制覇できてるかな?と。

(吉岡雅史)そうですね。やっていたいんですけどね。でもたぶん、そうこうしている間に新規オープンとか、ぜったい出てくるんですよ。

(安住紳一郎)(笑)。それはでも、バッティングセンターマニアとしてはうれしい話ではありながらも?

(吉岡雅史)もう、うれしい悲鳴っていのはこのことだと思います。

(安住紳一郎)急に与那国島にできたぞ!みたいな(笑)。

(吉岡雅史)はい。是非、作っていただきたい。

(安住紳一郎)また、全国制覇した来年あたりにもう一度、お話聞かせていただきたいと思います。今日はバッティングセンターマニア吉岡雅史さんをお迎えしました。ありがとうございました。

(吉岡雅史)どうもありがとうございました。

<書き起こしおわり>

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