玉袋筋太郎 菅原文太とトラック野郎を語る

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玉袋筋太郎さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で亡くなったばかりの菅原文太さんを追悼。トラック野郎シリーズなどについて語っていました。


(小林悠)今日は、こちらのニュースです。『映画 仁義なき戦い、トラック野郎などのシリーズで知られ、昭和の映画界の最盛期を支えた俳優、菅原文太さんが先月28日、転移性肝ガンによる肝不全のため、東京都内の病院で亡くなりました。81才でした。妻の菅原文子さんは、7年前に膀胱ガンを発症して以来、以前の人生とは違う学びの時間を持ち、「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」の心境で日々を過ごしてきたと察しております。「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者と一緒にあって、これらを願い続けているだろうと思います。 恩義ある方々に、何の別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます』と、そうコメントしています。

(玉袋筋太郎)うん。そうだよ。文太さんが亡くなっちゃって。もうね、健さんも亡くなって、文太さんもですよ。

(小林悠)ちょっと、ショックでしたね。これ、続くっていうのが。

(玉袋筋太郎)まあ日本男子はみんな喪に服すべきだと思っている次第ですけどね。やっぱり影響をすごい与えてくれましたからね。スクリーンでね、我々には。もちろんこうやって、本当に奥様言われた通り、いろんなところに種を蒔いてくださったんですけども。まあ、本当我々、スクリーンからやっぱり種を蒔いてもらって。心の中にね。芽が出てるっていう部分、ありますよ。僕らは。

(小林悠)うん。

(玉袋筋太郎)もちろんその仁義なき戦い。東映の最高の実録ヤクザシリーズですよね。

(小林悠)いや、見てびっくりしました。リアルというか、見ていて恐怖感を感じましたもんね。

(玉袋筋太郎)恐怖感って。やっぱり変えたからね。日本映画をね。うん。深作監督とね、菅原文太さんのタッグで。映画もやっぱり、実録系でカメラを揺らして撮る撮影とかさ。あのカメラワークなんつーのは、あそこからですからね。

(小林悠)そういう臨場感があるわけですね。

(玉袋筋太郎)うん。で、もちろん仁義なき戦いもすごい影響を受けたし。で、トラック野郎なんすよね。これが!

(小林悠)見たことないんですよー。トラック野郎。

(玉袋筋太郎)ええっ!?ちょっと!そりゃないよ!

(小林悠)これはちょっと学ぶべきですなー。

(玉袋筋太郎)いま見たって別にね、本当に新鮮だしね。逆に見てない分、幸せもんですよ。これからトラック野郎を見れるわけですから。

(小林悠)楽しめるわけですから。

(玉袋筋太郎)もうギンギラギン、ギンギラギン。もうトラックの電飾だけじゃないっすよ。もうスクリーンね、こう暴れる桃次郎。文太さんからなにから、出演者、監督、現場の熱気。それが放射されるわけですよ。バーッ!と。

(小林悠)はあ!

(玉袋筋太郎)圧倒されると思いますよ。うん。

(小林悠)あの、追悼する番組が多いので、一瞬映像も映るんですけど。あの、赤いフンドシ姿で、海でね、キンキンと水をかけあっているシーンとかをね、見たりしたんですけど。背中の筋肉とか、すごいんですよね。体にムダな脂肪が一切なくって。

(玉袋筋太郎)なくてさ。やっぱりトラック野郎。そのトラック野郎の監督の鈴木則文監督も、今年亡くなっちゃってるんだよ。どんどんこのスターがね、本当の星になっていくっていうことなんですけどね。

(小林悠)本当ですね。

(玉袋筋太郎)うん。だってトラック野郎なんか、俺にどれだけ影響を与えているか。この主人公、星桃次郎。

(小林悠)どんな影響を受けました?

(玉袋筋太郎)いや、だからなんだろうな?旅をするとかさ。トラック野郎は旅をしてるわけじゃないですか。で、実際、私、トラック野郎じゃなくてスナック野郎なんですけどね。スナック野郎として、いろんな女性と出会ったりとか。

(小林悠)あと、あれですよ。トラックのヒッチハイクの旅を玉さん、してますけど。やっぱり思いは違うわけですか?

(玉袋筋太郎)トラック野郎がなければ、あの企画ないですから。で、いま本当に40代上のトラックドライバーの方、ほとんどトラック野郎から影響を受けてると思いますよ。

(小林悠)やっぱりみなさん、憧れの存在っていうか。かっこいいな!っていうのはあるんですね。

(玉袋筋太郎)存在だよ。生き方。まあ、主人公の桃次郎さんっていうのがやっぱり好きだな。うん。だって、あれだもんね。まあ、特殊浴場で暮らしたりとかね。

(小林悠)あらあら。

(玉袋筋太郎)ああいうの、憧れちゃったんだよ。小学生の頃。

(小林悠)小学生の頃、見たんですか!?刺激強いですね、それは。

(玉袋筋太郎)だから小学生の頃にああいうものを見ておくといいよ。こういうような人間になるって(笑)。

(小林悠)まあ、いろんな人生の酸いも甘いも知るようになると。

(玉袋筋太郎)そう。でも文太さん、ほら、息子さんが先にちょっと亡くなったりとか。いろいろあったんだよね。うん。だからそういう部分で。でも、俺はもう映画人としては全て放射したと思うよ。自分の魅力っていうのを。うん。仁義なき戦いシリーズでも、トラック野郎でも。いろいろあるんだけど。ドラマでもいろいろあるんだけど。名作はね。うん。そん中で、全て放出したから。俺、高倉健さんもそりゃそうだよ。そうだと思うんだよね。悲しいけど。でも、かならずほら、死は訪れるからさ。それをどう受け止めるか?っていう問題だけどね。うん。いや、本当ご冥福をお祈りしたいと。どんどん星がいなくなっちゃうけども。

(小林悠)本当ですよね。

(玉袋筋太郎)でも、俺たちの心の中で一番星は輝き続けるよ。ということでございます。

(小林悠)菅原文太さん、亡くなりました。

<書き起こしおわり>

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