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吉田豪・プチ鹿島が語る ジャイアント馬場の本当のスゴさ

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吉田豪さんとプチ鹿島さんがニッポン放送『GoodJobニッポン』の中で、プロレス初心者の長野美郷さんに、ジャイアント馬場さんの本当の凄さ・偉大さを話していました。

ジャイアント馬場―永久保存版写真集
(プチ鹿島)どうですか?馬場さんの話。

(吉田豪)まあまあ、1個だけ拾うと、僕、亡くなった瞬間。まだ真偽の程も定かじゃなかったんですね。裏取りが難しい時で。とりあえず全日本プロレスの事務所に行こう!みたいな感じで集まっていたんですよ。僕も現場で会見みたりとかして。その前後にたしか僕、週刊文春の方に呼び出されて、文春サイドからその一報。GOサインを出すか?の窓口が僕になっていて。

(プチ鹿島)はー!あ、そうだったんですか。

(吉田豪)そうですよ。僕がその文春の窓口になった唯一の機会ですよ(笑)。関係者から話が入って『あ、GOサインです!』『オシ!』みたいな感じで。僕が裏取りしてたっていう。編集部で。

(プチ鹿島)へー!すごいなー!

(吉田豪)たしかそこからだ。そっから文春の人と一緒に全日本プロレス行ったんだ。

(プチ鹿島)馬場さんきっかけで。

(吉田豪)そうですそうです。でしたね。

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アメリカで大成功したジャイアント馬場

(プチ鹿島)美郷ちゃん、ジャイアント馬場ってね、たぶん知っていると思うんですけど。あの人はすごい人なんですよ。いま、週刊大衆っていう週刊誌で柳澤健さんっていう人が『1960年のジャイアント馬場』っていう連載をしてるんですけど。どういうことかって言うと、僕らのイメージでもね、なんかちょっと体がヨロヨロしているイメージしかないんですけど。あの方は新人の頃ですよ、いわゆるいま、イチローとかマーくんとか騒がれる前にアメリカで本格的に大成功した日本人のアスリートなんです。

(長野美郷)あ、そうなんですか。

(プチ鹿島)そうそう。

(吉田豪)そもそも巨人軍出身っていう時点でエリートですよ。

(プチ鹿島)もう、超エリートですよ。巨人のピッチャーだったんです。ジャイアンツの。

(長野美郷)えっ?そうなんですか?

(吉田豪)ものすごい高いところから球が飛んでくるから怖いっていうね(笑)。

(プチ鹿島)巨人で、ジャイアント馬場っていう、ちょっといろいろな意味がカブっていた。

(吉田豪)ミスター日テレですよ。本当に。

(プチ鹿島)ですよね。そういうスーパーエリートなんです。で、あの動きの割にはスピード感があって。力道山がエリートとして迎えて。

(吉田豪)大きいから速く見えないっていうのがあったんですよね。あと、間のあるプロレスをするからより、速く見えないっていう。

(長野美郷)えっ、大きい大きいっていうイメージはあるんですけど、具体的に?

(プチ鹿島)2メートル9センチですよ。

(吉田豪)ちなみに僕、小学校の時にはじめてプロレスを見に行った時に、馬場さんが外で練習をしてたんですよ。1人で。サインほしい!と思って、『馬場さん、サインください』っつったら、『オウ!』って言ったから、ずっと待ってたんだけどくれなくて。もう1回『サインください』って言ったら、よく聞いたら『ノー!』って言ってて。

(鹿島・長野)(笑)

(吉田豪)小学生に英語使うなっていう(笑)。

(プチ鹿島)アメリカナイズドですよ。

(吉田豪)小学生相手に(笑)。

(長野美郷)うわー、残念な聞き間違いだなー(笑)。

(プチ鹿島)アメリカでスーパースターで。一生暮らせるぐらいのスターだったんですよ。だけど、日本プロレスを支えなくちゃいけないということで帰って来て。で、僕らの知っている馬場さんに。

(吉田豪)もっと言うと、アントニオ猪木っていうのはアメリカで全く売れなくて。その屈辱から『馬場許せない!』的な感じのモードになっていって。ライバル心をむき出しにしていくんですよね。

(プチ鹿島)だから僕らなんかは猪木側の論理で育ったから、馬場さんっていうのはなんか、いつの間にかエリート扱いされたって。いや、実際エリートだったんです。馬場さんからすると。

(吉田豪)馬場さんも、その弟子のジャンボ鶴田もどっちもド・エリートですからね。

(プチ鹿島)体が大きくて世界で通用しているっていう時点でエリートですから。

(長野美郷)最初からプロレスやられてたのかと思ってました。

(プチ鹿島)それが、ジャイアンツのピッチャーだったんですよ。そんな・・・ある意味いまの60年代の馬場さんのアメリカの連載って、僕らからしても未知の強豪というか。あ、こんなにすごい日本人がいたんだ!っていう、ひとつの物語になっているんで。

(長野美郷)でも、その時代野球をアメリカでやられてて、どうしてプロレスに転向・・・

(プチ鹿島)野球はね、読売ジャイアンツにいたの。で、ケガもあって。

(吉田豪)風呂で転んでっていうね。

(長野美郷)あ、そうだったんですね。

(プチ鹿島)だからもし、あのケガがなければ、いまの横浜ベイスターズ、大洋ホエールズに移籍して、なかなかの成績は残したんじゃないか?と。歴史のIFですね。

<書き起こしおわり>

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