吉田豪が語る 元光GENJI 大沢樹生と諸星和己伝説

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吉田豪さんがTBSラジオ『赤江珠緒たまむすび』で、元光GENJIの大沢樹生さんを特集。それに加えて元光GENJIの諸星和己さんのナイスなエピソードも語っていました。


(赤江珠緒)さあ、そしてそんな豪さんが取り上げるのが、またいまね、もう大注目という。元光GENJIの大沢樹生さん。

(吉田豪)はいはい。そうですね。すっかり話題になってますね。

(赤江珠緒)本当ですね。

(吉田豪)そんな大沢さん、僕じつは多分トップクラスですよ。4回取材してるんですよ。いままでに。大沢さん。1969年生まれ。現在44才で、僕と大吉さんの1つ上ですね。学年では。18才の時に光GENJIでデビューして7年活動して。光GENJI脱退と同時にジャニーズ事務所も退社し、現在俳優なわけなんですが。まあね、ワイドショーを騒がせているわけじゃないですか。すっかり。

(赤江珠緒)はい。

(吉田豪)喜多嶋舞との一人息子が自分の子ではなかった!というね。この事件というか騒動、調べれば調べるほど謎だらけじゃないですか。まあ96年にね、喜多嶋舞さんと結婚して長男が生まれ、2005年に離婚。そして2007年に喜多嶋舞さんが再婚して、親権は喜多嶋さんが持っていたんですが、親権が大沢さんに移り、みたいな感じだったんで一緒に暮らしていたのが、DNA検査をしたところ99%実の子ではないというのが出たという週刊女性の記事があり。

(赤江珠緒)はい。

(吉田豪)で、それにね、女性自身が反論すべく、喜多嶋修さん立ち会いの下、長男にインタビューしたら『こっそり検査の紙を見たらそこには僕とパパは99%親子と書いてありました』って宣言してたんですが、週刊文春にとんでもない記事が出たんですね。その後。この台本には書いてないですけど、週刊文春に直撃された長男が、『僕はたしかに見たんですが、僕は英語が読めないので、お父さんの名前と僕の名前が英語で書いてあって、あとなにか英語で書いてあって、99.9という数字だけ読みました。でも僕はパパの息子だと信じています』っていう。えっ!?っていう。

(赤江珠緒)はー!

(博多大吉)これはこれは。

(赤江珠緒)あ、そういうこと。そうだと、やっぱり大沢さんのおっしゃっていることがね。

(吉田豪)なおかつ息子さんがおじいちゃんというか、喜多嶋修さん立ち会いのインタビューで『おじいちゃんに言われて。取材を受けろと言われた』みたいな。あっ!なにかが見えてきた!っていう(笑)。

(赤江珠緒)でもここに来て、喜多嶋舞さんが『いやいや、絶対』っておっしゃってますよね。

(吉田豪)でもこれで思い出すのが、坂上忍さん。何度も取材してるんですけど、坂上さん、もう20年ぐらい前かな?ある女優さんとスキャンダルというか、写真撮られたことがあったんですよ。坂上さんがとんでもないのは、あの人、正直な人じゃないですか。全部言っちゃうんですよ。『彼女とは元々付き合ってたんだけど、別れて。別れた後はお互い束縛しない、まあね、体だけの関係というか。セフレみたいな関係だった』っていうことを正直に記者に言っちゃった。

(赤江珠緒)(笑)

(吉田豪)で、そのまま載るじゃないですか。女優サイドはとんでもないイメージダウンだから、猛反論するわけですよ。そしたらそれを読んだ坂上忍さんのお母さんが、『あの子は嘘をついている!』って言い出すっていう泥仕合になって(笑)。

(赤江・大吉)(笑)

(吉田豪)どういうことかって言うと、やっぱり正直に言い過ぎたらよくないっていうか。追い詰め過ぎてもよくない。逃げ道を作っとかないといけないっていう。これもたぶんそういうことなのかな?ってちょっと思いますね。

(赤江珠緒)ああ、そういうことか。

(博多大吉)このね、事件がどうなるか。ちょっとわからないですけど。そんな大沢樹生さんを4回、実はインタビューしていると。

通算4回の大沢樹生インタビュー

(吉田豪)そうなんですよ。4回取材したどころか、僕2008年に再婚した時には結婚式にも呼んでもらったんですけど。

(赤江・大吉)おおっ!

(吉田豪)僕、その時TBSラジオのキラ☆キラにレギュラー出演中で。キラ☆キラの忘年会とカブって僕、忘年会を取ったんですよ(笑)。

(赤江珠緒)あれっ!?

(吉田豪)TBSラジオを選んだんですよ(笑)。

(博多大吉)知り合いの量とかね、いろいろ考えたら忘年会の方が・・・

(吉田豪)そうなんですよ。絶対に知り合いはほぼいないし(笑)。取材したことがある人が、何人かいるかな?ぐらいの。友達テーブル絶対ないですからね。

(赤江珠緒)ああ、そっか。でも本当に、すごいアイドルでしたもんね。

(吉田豪)すごいアイドルでしたよ。でもまあね、光GENJI以前から活動している人ですからね。元々、小6でお姉ちゃんがジャニーズに応募して、みたいなね。よくあるパターンだったんですけど。大沢さん自身は元々芸能界の憧れ、ぜんぜんなくて。プロレスラー志願だったんですよ。

(博多大吉)おっ!プロレスラーに。

(吉田豪)お父さんが後楽園ホールの下で鰻屋さんやっていて。父親の出前についていく形で控室に行って、ついでに試合も見ていて、みたいな感じで。全日本派で。ついでにたぶんいろんな会場にも行っていたみたいで。テリー・ファンクがブッチャーに腕をフォークで刺されてた試合も生観戦していますって言っていて。

(博多大吉)おっ!あの試合も。

(吉田豪)77年の世界オープンタッグですね。蔵前の。あれも行っているみたいで。ところが、そこまでの体力はなかったので、プロレスは諦めつつ、でも体を動かすことは嫌いじゃなかったから、ジャニーズに入って踊りをやっているうちに楽しいなと思って、みたいな流れなんですけどね。

(博多大吉)プロレス好きとして理想の家庭ですね。

(吉田豪)理想ですよね。タダ見放題。

(博多大吉)控室ものぞけるっていうことですよね。出前しながら。

(吉田豪)で、そんな流れなのか、最近もブログ見ると西村修選手が入ってたりとか(笑)。映り込みで。『あ、一緒に飲んだりしてるんだ』っていう。

(博多大吉)交友関係はあるんですね。

(吉田豪)そうですそうです。で、実はね、イーグルスっていうグループでデビューして。

(博多大吉)あ、あったなー!

(赤江珠緒)イーグルス?

(吉田豪)そうなんですよ。ロスアンゼルスオリンピックのマスコットキャラクター、イーグルサムの主題歌を。

(赤江珠緒)イーグルサム!懐かしいですね。

(吉田豪)『イーグルサム、見てましたよ』って言うと、すごい嫌な顔されますけどね(笑)。

(博多大吉)大沢さん自身は嫌な・・・

(吉田豪)嫌なというか、全く売れなかったですからね(笑)。声変わりする前に、13才で入って、『声が酷い』ってことでボーカル全カットされるような辛い思いをしながらっていうね。

(赤江珠緒)声変わりをする前?

(博多大吉)いま(BGMで)かかっているのがイーグルスですよね?『イーグルサムのマーチ』という。



(赤江珠緒)イーグルサムを主題歌にした歌。へー。

(吉田豪)そして全く売れず、即解散ですね。中村繁之さんがイーグルスの中からソロデビューみたいな。で、そんな中で全くパッとしないから大沢さん、ジャニーズ辞めるって決めて、電話でジャニーさんに『真剣な話があるんで時間をとってくれないか?』って言ったんですけど。『なになに?YOU、なに?』って。『電話では、ちょっと大切なことなんで』。『なに?YOU、いま言っちゃいなよ!』って言われて、『ジャニーズ辞めさせてください』って言ったら。『もう年も年なんで、自分をゼロにリセットしたい』って言われて納得してもらったと思ったら、電話を切って30秒後ぐらいにジャニーさんから電話がかかってきて、『YOU、ローラースケート、興味ある?』って言われて。

(赤江珠緒)おおっ!

(吉田豪)『ない』って言っても、『興味なくてもやってみない?』って言われて。ローラースケート特訓から光GENJIとして再デビューに至るわけですけどね。

(赤江珠緒)あ、ローラースケートはそこからスタート?

(吉田豪)そうなんですよ。ジャニーさんの発想って、完全にどうかしてるんですよ。ジャニーさん、最初ローラースケートやりながら楽器やったらどうか?って言ったらしいんですよ。その後の男闘呼組とかのプランを全部一緒になってたんですよ(笑)。

(博多大吉)なるほどなるほど!

(吉田豪)でも大沢さん冷静で。『ドラムセットどうするんだよ?』って言ってて(笑)。

(博多大吉)まあまあ、できる楽器はあるにせよ。

(吉田豪)鼓笛隊みたいなね。まあでも大沢さん、こういうのに反発するのはわかるっていうね。大沢さん、元々すごいヤンチャな人なんですよ。小学生の時にランドセルつぶしてたような人で。ランドセルをつぶして、小4で横浜銀蝿のコピーバンド結成みたいな人なんで(笑)。

(博多大吉)へー、早い!早熟ですね。

(吉田豪)むちゃくちゃ早熟な人で。

(博多大吉)普通、中学高校の横のカバンはつぶすみたいな文化ね。

(吉田豪)ランドセルつぶすっていう人、初めて聞きましたよ(笑)。背負わなくなるのはわかるんですよ。あの人、つぶす側っていう(笑)。そういう人がね、光GENJI入って、そりゃあまあ、馴染めるわけないっていうね。まあ、1回挫折してるから、調子に乗ったりもせず、だったらしいんですけど。94年に脱退するまで7年活動するんですけど。

(赤江珠緒)これ、大人気でしたもんね。

(吉田豪)もう、異常人気ですよね。でも光GENJIやめようと思った理由っていうのもまた変わった人で。紅白出て、紅白終わって家に帰って来た時に、ちょうど夜中に映画の『ドアーズ』っていうのがやっていたんですよ。それを見て影響を受けて、これだ!と思って。ドアーズ、ジム・モリソン大好きになって、俺はこういう風にならなきゃ!って光GENJIをやめるわけですよ(笑)。

(赤江珠緒)ちょっとアイドルでは無理ですもんね。酒とドラッグに溺れるみたいな・・・

(吉田豪)いや、でも光GENJIをやりながらジム・モリソン感をどう出すか?っていうのをすごい頑張ってたんですよ。実は。光GENJI時代の本。僕、写真集とかほぼ集めてたんですけど。後期はヤバいですよ。ウィスキーの瓶で頭かち割って破片が飛んでいる写真とか、そんなのばかりやっていて。

(博多大吉)(笑)。それ、写真集?

(吉田豪)写真集に『この肉体とこの魂が共存している自分の人生は1度きり』とかそういうポエムが横に載っていて。完全にどうかしてるんですよ(笑)。

(赤江・大吉)(笑)

(吉田豪)『俺は今年のはじめに今は存在しないある詩人の作品と出会った』みたいな感じで。

(博多大吉)ねえ。テイストは実話ナックルズみたいなね、そんな感じですね。

(吉田豪)そうですね。完全にアウトロー側に。オリバー・ストーンのドアーズの影響で、そっちに行かなきゃ!と思っちゃったっていう(笑)。

(博多大吉)そっちに行きたいから、光GENJIをやめちゃった?

(吉田豪)そうなんですよ。光GENJIの活動をしながらではこれは不可能だっていうことで、一応円満退社してっていうね。そういう感じで、そういう話を聞いてたんですが。3回目のインタビューが2008年だったんですけど、その時に自叙伝『昨夜未明、大沢樹生が死にました…』っていう本が出まして。


(博多大吉)また、なんちゅうタイトル・・・

(吉田豪)そうなんですよ。大沢樹生さんの遺作っていう設定で書かれた本で。当然章も全部『まぼろしの世界』とか『ジ・エンド』とか『ブレイク・オン・スルー』とか、全部ドアーズの曲名なんですけど。すっごくいい本ですよ。これ。

(博多大吉)これ、いい本?

(吉田豪)この年のタレント本、僕ベスト5に入るぐらいの傑作で。帯には『ショーは終わっても、人生は続く…初めて語った脱退の経緯、仕事の不振、離婚の真相、子育ての葛藤、そして…昨日までの大沢樹生はここに死んだのだ。』って書いてあって。

(赤江珠緒)これ、いまちょっといろいろリンクするものがありませんか?

(吉田豪)いま読み直すとまたすごい深い。趣深い本なんですよ。光GENJI時代の章がそんなになくて、むしろその後の人生の低迷みたいなものが中心で。

(赤江珠緒)未来を書かれた?

(吉田豪)未来というか、やめた後、いかに大変だったか?っていうですね。そうなんですよ。最初に出版社の人とミーティングでタイトルの話になった時に、大沢さんが『昨夜未明、元光GENJIの大沢樹生が死亡しましたぐらいのインパクトがあってもいいんじゃないか?』っていうことをボソッと言ったら、そのままタイトルになって。

(博多大吉)(笑)。そのまんまですね。

(吉田豪)大沢さんの中で、裏タイトルがあるそうで。『昨夜未明、大沢樹生が死にました…』の『…』の後に、『本日早朝、大沢樹生が生き返りました』っていうことらしいんですね。

(赤江珠緒)なるほど。

(博多大吉)生まれ変わったんだ!というメッセージがね。込められてるんでしょうかね。

(吉田豪)でも、この本に出ている奥さんの話とかも全部感慨深い。

(赤江珠緒)じゃあ相当赤裸々に書かれた本なんですね。

(吉田豪)そうなんですよ。今回の騒動ね、結果的にたぶん誰かが嘘をついてるんじゃないか?っていうことになるんですけど。自叙伝によると大沢さんの浮気がまずいきなりバレるっていうか。大沢さんがいちばんモテてた時期らしいんですよ。喜多嶋舞さんが家にきたら、違う女がいたところを目撃されたことがあって。それきっかけで1年ぐらい別れて。大沢さん曰く、『でもその後は俺、一切浮気はしていない』ってことなんですけど。でも、そんな感じで7年間。2回ほど別れたりヨリを戻したりを繰り返した7年目の冬に喜多嶋さんから妊娠を告げられて。デキ婚するんですよ。

(博多大吉)うん。

(吉田豪)で、離婚後息子さんと二人暮らしを始めることになるんですけど。その際に息子さんに教えてきた3つの約束っていうのがあって。それが『ごまかすな、嘘をつくな、弱いやつをいじめるな』っていうね。『ごまかしや嘘は、はじめはいくら小さなものであっても、放っておけばいつか必ず大きなものになっていく。1つの嘘を隠すために、2つ嘘をつき、2つの嘘を隠すために4つの嘘をつくようになるのだ。だったら最初から嘘なんかつかなければいい!』っていうね。それを言い続けてきた、その息子さんが生まれた経緯に嘘が混ざっている可能性がっていう、この恐ろしい展開・・・

(博多大吉)まあまあ、まだわかりませんね!

(吉田豪)わからないですよ。ぜんぜんわからないですよ!わかんないですけど。そんな感じで。ただね、ちょうどこのタイミングで大沢さんの監督デビュー作の記者会見とかもあったから。大沢さんの話題作り説とかも流れたりとかもして。で、ずっと不仲だった元光GENJIの諸星さんとも共演を。

(赤江珠緒)いやー、会見面白かったですね。

(吉田豪)最高でしたね!かあくん。すべてギャグにしてて。『99.9%傑作だと思います!』みたいな(笑)。余計なことしか言わない(笑)。素晴らしかったです。20年ぶりの2ショットだったんですけど。この2ショット、実は本当に貴重なんですよ。僕、大沢さん取材するたびにかあくんの話を聞いてたんですが、そのたびにすごい苦々しい顔をするような感じで。

(博多大吉)あんまり仲は・・・

(吉田豪)本っ当に昔から仲が悪いって言われ続けてたんですが。僕、かあくん取材したら『それ、誤解なんですよ。俺と大沢はすごい仲がいい』みたいなことを言ってたんですよ。『親友に近いよ』みたいなことを言ってたんですけど、それを伝えるたびに大沢さんがまた苦々しい顔をして。『まったく違います』みたいな(笑)。

(博多大吉)ええー!?

(赤江珠緒)(笑)。そんな否定しちゃうぐらい。

大沢樹生が語る 諸星和己

(吉田豪)そうなんですよ。だから僕は実は大沢さんから『諸星和己研究家の吉田さん』って言われるぐらいに。僕はかあくんのことも大好きなんですけど。で、その時に実は大沢さん、諸星さんのことを『彼は元々虚言癖があるんじゃないですかね?』とまで言ってて(笑)。酷いことを言ってたんですよ。

(博多大吉)いやいや、当時日本一のスーパースターですよ。我々世代には。

(吉田豪)その中の、さらに一番人気だったかあくん。

(博多大吉)そうですよ。虚言癖?

(吉田豪)当時の光GENJIの人気ぶりを象徴するエピソードとして、かあくんは『バレンタインのチョコレートが4トントラック38台分で、武道館の1階を埋め尽くし、2階から取れるほどだった』って言ってたんですね。有名な話ですけど。『そのうち8割は俺のものだった』って言ってましたけど、それを大沢さんに振ってみたら、『盛ってるんじゃないですかね?』って(笑)。

(赤江珠緒)(笑)。バッサリですね。

(吉田豪)全部そんなこと言うんですよ。かあくんが番組で『芸能界で仲いいのは?』って言われて『大沢樹生としょっちゅう飲んでるよ』みたいなことを言っていて。そうすると番組から、『番組の端に出したいから大沢さんの写真を使っていいですか?』って会社に問い合わせが来たことがあったんですけど、『いや、ちょっとこちらには身に覚えがないんで』って断るっていう(笑)。

(赤江珠緒)えっ、そんなに違うんですね。おふたりの対応が。

(吉田豪)全く違うんですよ。言ってることが。で、僕がかあくんから聞いてすごいと思ったエピソードが、紅白の控室で少年隊の植草さんと大喧嘩をしたっていう話で。これ、伝説の。かあくんの著書にも出てきたんですけど。植草さんがかあくんの帽子にポコチンの絵を書いて。紅白の直前に。で、かあくん大激怒したんですよ。『なんてことするんだ!』と。当時光GENJIは人気絶頂で、かあくんとしては俺が日本を動かしているぐらいの気持ちでいたらしいんですよ。そんな俺の帽子にポコチンを書かれた。許せない!っていうことで、先輩の植草さんに殴りかかるんですよ。この時点でジャニーズとしてはあり得ない話なんですけど。

(博多大吉)ねえ。上下関係厳しいのに。

(吉田豪)そこでTUBEの前田さんとか、南こうせつさんさんとか、さだまさしさんが止めに入ったんですが、やっぱりね、フォークで弱かったみたいで、かあくんの怒りはおさまらず。止められず。『もう紅白なんか出ない!紅組が勝てばいいんだろ!なんで大晦日に歌ってなきゃいけねーんだよ、口パクで!いい加減にしろ!』って騒いでいたら、北島三郎さんが『やめろーっ!何時だと思ってんだーっ!』って止めに入ったんですよ。で、止めに入った北島さんの腕にものすごい輝く腕時計があって。ダイヤモンドが大量に入っていて文字盤も見えないぐらいで何時かわからない。かあくん曰く、『その時、負けたと思って。サブちゃんのいうことは聞こうと思った』っていう(笑)。

(赤江珠緒)はー!

(吉田豪)(笑)。っていうエピソードをかあくんから聞いたことがあったんで、大沢さんに『本当なんですか?』って聞いたら、一言。『フィクションです』って(笑)。

(赤江珠緒)(笑)。えっ、これだけの長々としたフィクション?

(博多大吉)結構なエピソードですよね?

(吉田豪)鉄板のネタでいろんなところで。本でも書いてるぐらいの。

(赤江珠緒)登場人物も多いじゃないですか。

(吉田豪)素晴らしい話じゃないですか。僕がかあくんから聞いた話、全部言っても『本当かな?』みたいなことを全部言うんですよ。かあくんがね、当時追っかけの子が白タクっていう違法タクシーみたいなもので追いかけて来たので、ブチ切れて白タク潰して怖い人がやって来たみたいな話とかをしてたみたいなこと言ったら、『白タクにそんなこと、できるわけないじゃないですか』みたいな(笑)。ええーっ!?どっちが本当?っていう(笑)。

(赤江珠緒)ええーっ!?

(吉田豪)大沢さん、どっちが本当?に巻き込まれやすいんですよ(笑)。

(赤江・大吉)(笑)

(博多大吉)仕事面でも。公私にわたって。

(吉田豪)昔から(笑)。

(博多大吉)いや、でもかあくんのこのエピソード、ショックですね。フィクションやったら。

(吉田豪)僕はかあくんの話も好きだし、かあくんも大好きなんで。実は僕、かあくん、大沢さんから『かあくん、いま何やってるんですか?』って2008年ぐらいに聞かれた時ですかね。こん時に僕が大沢さんに答えたのは、一時期とある団体から『プロレスデビューできそうな芸能人、誰かいないか?』って聞かれた時に、『かあくん、いいんじゃないですか?』って推薦したことがあったんですよ。

(赤江・大吉)(笑)

(吉田豪)運動能力も高いし。『芸能人出すんだったら、かあくんオススメですよ!』って言って。動いたのかどうか知らないですけど(笑)。っていう提案をしたことがあったっていうことを大沢さんにも伝えたんですけど。

(赤江珠緒)へー。うわー、当時光GENJI本当、好きでしたから。ちょっと衝撃でしたね。今日はいろいろ。

(吉田豪)赤江さん、誰派だったんですか?

(赤江珠緒)私はですね、あっくんです。ごめんなさい。佐藤敦啓くん。

(吉田豪)いちばん優しそうなイケメンで。そんなにアクも無いような感じの(笑)。

(赤江珠緒)あとね、バンジーくんとかいろいろいましたもんね。そうですか。

(博多大吉)そんな光GENJIがね、いまもうこんなことにって言ったらあれですけど。

(吉田豪)大変なことにね。

(赤江珠緒)いま、逆に二人のコントラストが。熟成された感があって、いいですね。

(吉田豪)長年の確執があって、並んであれだけ面白いかあくんって(笑)。最高です。

(博多大吉)番組の収録でも、何回かご一緒させていただいたんですけど。諸星さんと。あのね、言っていることの9割、使えないんですよ。

(吉田豪)そうなんですよ!

(博多大吉)具体的には言えないですよ。

(吉田豪)あの、なに言うかわからない人で。僕がインタビューした時も1時間ぐらい遅刻してきて。『遅刻してきたぶん、サービスするよ!みんなで飲んじゃおうぜ!』っつって、ビール注ぎ出して。まあ100%原稿にできないことを言い出すんですよ。で、マネージャーさんがビビりだして。真っ青な顔して止めに入ろうとした時に、『お前はあっち行ってろ!』ってマネージャーを遠くにやって『もっと好きに話そうぜ』みたいな感じで好き放題話して。インタビュー終わった時に僕、これまでのインタビュー人生で最初で最後だったんですけど、『テープ解除させてください』って言われて(笑)。『これが表に出たらヤバいことになる』っていう(笑)。

(赤江・大吉)(笑)

(吉田豪)ぐらいの話を平気でする人です。

(博多大吉)サービス精神なんでしょうけど。

(吉田豪)すごいと思ったのが、光GENJI時代にものすごい何度も転んでケガして、腕とかにヒビ入ってて。『いまだに右手で力入れるとちょっと激痛が走るんだよ・・・』みたいなことを言う人なんですよ。

(赤江珠緒)やっぱりローラースケートもね、あれだけされて。

(吉田豪)何度も何度も転んでヒビ入ってるんだよって言って、インタビューが終わった後に握手で右手を出すんですよね。で、『うわっ、かっけー!』って思ったんですよ。こんだけ痛いって話を振った後で握手で右手を出すっていう。かっこいいなと思ったんですけど、いろんな話を聞くうちに、どっちが嘘なのかわからなくなるっていう(笑)。

(赤江珠緒)本当ですよね。

(博多大吉)ファンタジーがね。多い方なんで。

(赤江珠緒)いや、俄然大沢さんが本当、なんか・・・

(吉田豪)わかんないですよ!

(赤江珠緒)大沢派になりそうな感じになりましたけど。今日もすごいお話、ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

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