湯川れい子が語る フリオ・イグレシアスの人間的魅力

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湯川れい子さんがTBSラジオ『西寺郷太TAMAGO RADIO』にゲスト出演。西寺郷太さんにフリオ・イグレシアスとの交流と彼の人間的な魅力を語っていました。


(湯川れい子)(エルビスの話から)次、行かない?

(西寺郷太)行きましょう(笑)。なんていうか、もっとほのぼのしたというか、胸がキュンと痛いですわ。いま。

(湯川れい子)痛いの。だけど、本当にやっぱり残してらっしゃる歌はすごいな!って思うんだけど。これ、もう行っちゃっていいのかな?次。

(西寺郷太)次ね。もういろんな話がありすぎてあれなんですけど。もうエルビスの話は僕、どうしても・・・

(湯川れい子)まだしたいの?

(西寺郷太)フリオ・イグレシアスの話もしたいんです。これ、ビートルズは置いておいて。フリオの話もすごい好きなんですよ。

(湯川れい子)行っちゃっていいの?これ、初めてね。人に話したことのない話をする。っていうのは、フリオは先月来たんですよ。久しぶりっていうか、3年ぶりぐらいだけど。フリオが1982年に日本で。『ビギン・ザ・ビギン』とか、『ナタリー』とか。いきなりものすごいスターになるんだけど。その前にもう彼はスペインで。スペインだけじゃなくてヨーロッパで大スターに。大スーパースター。でも、日本では全く。フランス語とかスペイン語しか。で、売れてないけど、これはすごいね!って。なんとか日本でスターにしようって、その当時の日本のレコード会社の社長が3億っていう予算をつけて。

(西寺郷太)ほう!

湯川れい子とフリオ・イグレシアスの出会い

(湯川れい子)1982年に、『フリオ日本作戦』っていうのをやるんです。日本でスターにするために。で、私はその時、すでにフリオのすごいファンだったの。で、それに乗ったわけ。で、マイアミに、フリオはその5年前から住んでいて。マイアミまでフリオの取材に行った時に。

(西寺郷太)アメリカに拠点を移していたんですね。

(湯川れい子)拠点を移していた。スペインのマドリッドから。で、そのフリオの豪邸に行った時に、運河越しに向こうにマイアミのビルの。ホテルの。それをフリオが指さしながら、『見ててくれ。俺は必ずここを征服するから。このアメリカは、僕が誇り高きスペイン人だけど、ドン・キホーテみたいなもんなんだ。でも、メキシコもスペインもプエルトリコも、こいつらにはわかんないんだ。だから俺がここの門をこじ開けるから、そしたらその後ろから、君たち東洋人もついて来れるんだぞ』って言ったのよ。

(西寺郷太)なるほど。

(湯川れい子)『この人種差別の国の。スペインの誇りもわからない国を、俺はこじ開ける。見ててくれ』って。

(西寺郷太)人口分布を見ても、スペイン語の使われている。メキシコ人も含めた、すごい数なのに、それまではそういうスターがいなかったっていう。

(湯川れい子)そう。でもね、いまブルーノ・マーズなんかを見ると、『ああ、あの時本当に彼が言っていたことが、いま本当になったんだな』って。

(西寺郷太)ああ、ハワイのね。そうですね。

(湯川れい子)いろんな。そういう風に思うじゃない?

(西寺郷太)息子さんもそうですしね。

(湯川れい子)エンリケ・イグレシアスなんて、大スターです。それが去年。先月来ましてですね。お食事をしている時に、『いままで僕は月に住んでたけど、年齢70才です。もうこれ以上、月から飛び回って日本みたいな遥かなところにもう、来れないかもしれない』って。そのフリオを実は今回日本に呼んだのが、郷太さんも知っている某プロモーターにいる私の息子なのよ。

(西寺郷太)はい(笑)。某Y.T。

(湯川れい子)そのね、いま息子37才ですけど。その息子が6才の時にちょうど82年。大キャンペーンをやったの。で、私がフリオに会いに行くのに。マイアミに行く時。荷物を持って寝室から下にもう車が迎えに来ていて。トランクを下ろそうとしたら、6才の息子が下に重い応接セットなんかを運んできてね。

(西寺郷太)いまはもう、ものすごいガタイのいい息子さんですけど。その時は小さい。

(湯川れい子)そのね、小さいのがね、『アメリカ反対!アメリカ反対!』って言ってね。

(西寺郷太)まあ、フリオはアメリカじゃないんですけどね(笑)。

(湯川れい子)アメリカ。マイアミなの。だから、ママはアメリカに行っちゃうと。『お土産買ってきてあげるから』って。『いらない!』。『じゃあ、握手して』『お手手、ない!』ってね。ものすごい抵抗だったの。私はそれを見ながら、『こんな子どもをなんで置いていかなきゃいけないんだろう?私は間違っている』って思ったの。

(西寺郷太)ああ、だから働く女性の、もう本当に最前線にいらっしゃいましたからね。

(湯川れい子)ここで飛行機が落っこちたらね、どうお詫びをするんだって。そういうことがあったのよ。実は。その息子が、13才の時にマイケル・ジャクソンのコンサートに連れて行きました。そしたらバックステージで、バックステージパスをぶら下げて、働いている人たち。『お袋、俺将来、ああいう風になりたい』って言って。

(西寺郷太)ああ、それがもうポール・マッカトニーも、今度ローリング・ストーンズも呼んで。すごいですねー!

(湯川れい子)そう。だから人生ってすごいでしょ?この間ね、それをフリオに言ったの。『人生って美しいね』って。

(西寺郷太)いまの話はたぶん、働いている女のお母さんとか、すごい勇気づけられたと思うんですけど。

(湯川れい子)私、だからキュンキュンキュンよ。この歌聞くたびに。

(西寺郷太)この歌聞くたびにキュンキュンキュンなんですけど。時間が、いい話で。ちょっと曲をすべて後回しにしていいですか?ということで、湯川れい子さんにはこの後も引き続きお付き合いいただきますが、ここで一旦CMです。

(CM明け)

(西寺郷太)曲は『ビギン・ザ・ビギン』。フリオ・イグレシアス。



(西寺郷太)はい。フリオ・イグレシアスで、『ビギン・ザ・ビギン』。いやー、僕はフリオはぜんぜんちゃんと聞けてないんで。『ナタリー』ぐらいしか知らないんで。

(湯川れい子)でもね、スペイン語で彼、ずいぶん作っているんだけど。ドン・キホーテの歌なんか、自分で作っていて。本当に素晴らしい歌がたくさんね。

(西寺郷太)この曲もダンサブルですごく気持ちいい感じ。ちょっとトロピカルな。

(湯川れい子)で、笑っちゃうんだけど。息子が呼んだって言ったでしょ?

(西寺郷太)湯川さんの息子さんが。

(湯川れい子)で、息子がはじめてフリオを日本に呼んだ時に、自分で。私のいない時よ。『あの、実は僕は湯川れい子の息子です』って言ったんだって。そしたら・・・

(西寺郷太)『アメリカ反対!』と言って。お母さんが働くのをやめて家にいてほしいと言った息子さんが。

(湯川れい子)その息子がね、いま37で大きなガタイしてて。

(西寺郷太)むっちゃ大っきいんですよ。足とかこんな筋肉で。

(湯川れい子)それでフリオに『はじめまして。僕はレイコ・ユカワの息子です』って言って、手を差し伸ばしたんだって。そしたらフリオが、『俺に似てないじゃないか』って言ったんだって。

(西寺郷太)(爆笑)。ぜんぜん似てませんね!それは。

(湯川れい子)ぜんっぜん似てないの(笑)。

(西寺郷太)なにその・・・めっちゃいいエピソードですね(笑)。いいなー、それ(笑)。

(湯川れい子)すごいでしょ?(笑)。

(西寺郷太)またちょっと違った意味で。『お前、俺に似てないな』って(笑)。

(湯川れい子)『なんだ、お前俺に似てないじゃないか』って(笑)。そこがフリオの素敵なところなのよ!息子の目が点になったって。

(西寺郷太)いや、でも(笑)。息子さんがフリオ・イグレシアスそっくりじゃねーか!ってなったら、もっと・・・(笑)。

(湯川れい子)もっと大変(笑)。

(西寺郷太)ものすごい(笑)。湯川さんの息子、フリオそっくりだぞって(笑)。面白!

(湯川れい子)最高でしょ?

(西寺郷太)いや、それいいなー!そういうのもやっぱり、キュンとさせますよね。

(湯川れい子)そう。もううれしいの。だからね、今回別れる時に『もうこれで会えるかな?会えないかな?』とか言いながら、ギューッと抱きしめてくれて。その時ね、本当に胸がいっぱいになっちゃってね。『でもアンタ、また来たら殺すわよ!』みたいに言って。

(西寺郷太)(爆笑)。殺すってなんなんですか(笑)。いや、でも面白っ!まあ、そこまで悲しませておいてってことですよね。でもフリオ・イグレシアスの話でいうと、湯川さんがモスクワだかどこかに一緒に飛行機でフリオと行った時に。その時に現地のDJとか音楽評論家とかいろいろ今まであった人の名刺とか。名前と顔を。写真でしたっけ?

(湯川れい子)それはアメリカから。イタリアから日本に来る時とか、日本でこの前来た時のパーティーやなんかで撮った写真を1枚1枚見ながら、『これは誰だっけ?』『これは何をしている人だい?』って。全部確認する。で、全部向こうに行った時に。そこに着いた時にその人がいると、『やあ!君はいまも詩を書いているかい?』とか言って握手するのよ。みんなヤラれるでしょ。

(西寺郷太)『フリオが俺のこと知っている!』。田中角栄じゃないですか!それはもう(笑)。

(湯川れい子)1年たっても覚えてくれてたって。

(西寺郷太)『おう、お前んところの息子、大学受かっておめでとう』みたいな話ですよね。すげーんですよね。世界中でやってるってことでしょ?

(湯川れい子)世界中でやってる。

(西寺郷太)みんな、フリオ!って思う。でもそれ、JBもそうだったらしいですよね。『ミスタージェームズ』とか言って。いろんな人の名前を。『アラン、また俺の曲をかけてくれよ』とかって言うんですよ。すごいですよね。

(湯川れい子)そうよ。だからあそこまで努力するのよ。寝ないでやるんだもん。

(西寺郷太)その飛行機の中で。この顔、写真撮ったの誰だっけ?って。で、それを繰り返していくうちに覚えて、本当にそういうことに。

(湯川れい子)だから今回もね、その3億円かけてくれたレコード会社の社長とか、もういま、80越えられて。でもたとえば、大ファンの高島忠夫さんとか、ご病気で。でも毎回、フリオは呼ぶのよ。で、ステージから、『タダオー!タダオー!』って言って。その世話になった人に対する思い。すごいと思う。やっぱり頭が下がる。

(西寺郷太)いやー、すごいな!その話を聞いた時に、フリオ・イグレシアスっていう世界的なスーパースターの、アメリカでの話も含め。いや、もう来てるんです。メールが来てまして。(メールを読む)『湯川さん!曲は自分で調べるので、もっとお話してください!』。

(湯川れい子)(笑)

(西寺郷太)でも、本当そうなんですよ。いまの話もすごいですね。

<書き起こしおわり>
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