水道橋博士・西寺郷太が語る 岡村靖幸 ビバナミダとメルマ旬報

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NONA REEVES西寺郷太さんがTBSラジオ『たまごレディオ』でゲストの水道橋博士さんと岡村靖幸トーク!新曲の『ビバナミダ』の話などをしていました。

ビバナミダ

(西寺郷太)ちなみにその日記で、あれだったんですけど。最近、岡村靖幸さんのライブに行かれたという話を最新情報として僕、聞いてます。これこそ、ある種『メルマ旬報』的な誕生の仕方をした曲ですけどね。

(水道橋博士)あ、そうなんだ。

(西寺郷太)岡村さんの新曲。ま、ここ1年ぐらい僕も連載させてもらいながら、博士さんと連鎖反応がひろがっていって。で、まあ岡村さんの話をしたいなと思ったんですけど。

(水道橋博士)そもそもこのメルマ旬報っていうのを立ち上げるのは、岡村さんありきだったんですよ。

(西寺郷太)博士さんが岡村さんのこと、大好きで。

(水道橋博士)岡村さんと一緒に本を作りたいってことを岡村さんの方から言われて。では原稿を貯めるのにどうしましょうか?っていうので、雑誌で連載するみたいな話があったんですけど。いやいや、もう字数制限なしにしたいから、だったらメルマガっていう方法があるんで。それを作りませんか?っていうのが最初の発想。

(西寺郷太)一番最初の、岡村靖幸さんの連載をいっぱいずっと続けたいと。定期的になんかインタビューとかしながら・・・

(水道橋博士)会って対談をしながらっていうのと。あと岡村さんと初めて会って、2回目に会った・・・3回目か?高尾山に一緒に行ったんですね。岡村靖幸と高尾山に行くって、面白いじゃないですか。それをどうしても知らしめたいっていうのがあって。

(西寺郷太)雑誌とかだと削んなきゃいけないから。なるほどなるほど。本当にこの、岡村さんとの僕も・・・(TBSラジオ 小島慶子)キラ☆キラを結構聞かれてたんですよね。博士さんの仕事は結構チェックされてたと思うんですけど。岡村さん自身が。僕もここ2-3年の間にキラ☆キラのポッドキャストとかラジオを、郷太くんのを聞いてるんだってところから。

(水道橋博士)が、きっかけなの?

(西寺郷太)僕のマイケルの本を読んでるって言われて。

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(水道橋博士)はいはい。そうなんだ。

(西寺郷太)で、岡村さんのマネージャーの近藤さん。近藤さんは一時の僕の上司でもあったんで。上司っていうか、レーベルとトップでもあったんで。ほんで、『岡村が会いたいって言ってるから、郷太ちょっと会いに来てくれる?』っていうのでライブに行ったのが、直接の知り合ったきっかけなんですよね。僕は好きでしたけど。

(水道橋博士)だって郷太くんがこのメルマ旬報に連載を始めるのは、今年の1月の新年会に郷太くんが。僕と岡村靖幸さんがやっているところへ郷太くんが現れたんですよ。

(西寺郷太)そうなんです。今年の1月6日のあのあたりに、僕、京都の実家に帰って戻ってきた日だったんですけど。岡村さんから『いま、いとうせいこうさんとか渡辺祐さんとか博士と浅草で新年会やってるから、おいでよ』ってメールが来て。『電話なんかやめて六本木で会おうよ』じゃないですけど・・・

(水道橋博士)浅草で会おうよ。

(西寺郷太)『浅草で新年会しようよ。いますぐおいでよ。仲直り・・・』まあ、ケンカしてないですけど(笑)。ほんで行ったら、それをみんなには言ってなかったみたいで。

(水道橋博士)岡村さんはね、絶対言わないんですよ。それを。

(西寺郷太)ちょこちょこ触っていたわけですよね。電話を。それで僕も、『じゃあ1時間あったら行けると思います』って。僕ね、別の友達と飲んでたんですけど、ちょうど終わりかけてたんで。じゃあちょっといまから行ってくるわって電車乗って行ったら、そん時に、まあいろんな話があったんですけど、帰りにスズキ秘書に送ってもらって。

(水道橋博士)スズキ秘書って僕の運転をしてくれている人なんですけど。

(西寺郷太)その間に、博士さんがおそるおそる、『郷太くん、連載やってくれない?』みたいな。僕はやりたかったんですけど、自分からたのむものじゃないと思ってたんで。そしたら、『あっ、1個いいネタありますよ』って。そっからいろんなひろがりがあって。

(水道橋博士)浅草をね、2人で歩きながらね。寒い中ね。『実は僕、すっごい物語があるんです』って。

(西寺郷太)で、それと『実は僕、岡村さんと曲を作ってるんですよ』って。

(水道橋博士)それ、全然知らなかったからね。

(西寺郷太)で、『僕が歌詞を書いて岡村さんが曲を作って。すごいその曲、いい曲なんで。いつか発表されると思うんで、楽しみにしててください』ってその時に言ったんですよね。それがこの曲という感じなんですけど。いまから紹介していいですか?

(水道橋博士)ええ。で、僕もね、ちょうど昨日になるんですけど。昨日、仕事でまず行けないなって思ってたんですよ。『アイボリー』って岡村さんのライブにね。だけどそれも仕事がさんまさんのからくりテレビに子供と一緒に出てたんですよ。で、それを前倒しになんか出来ないでしょ。さんまさん次第ですから。で、その収録を終えて、その足でAXかけつけて入ったところで『ビバナミダ』なんですよ。

(西寺郷太)うわー!

(水道橋博士)ちょっとゾクゾクっとしましたよ。

(西寺郷太)いや、本当にあれ、素晴らしい曲。自分も参加してますけど、本当に岡村さんが作って渡された時に・・・曲とかアレンジ、岡村さんなんで。こりゃあすごいと思って、僕は作詞を最初にやらせてもらって。で、お客さんの反応が、それがフルでセットでものすごい感動したんで。

(水道橋博士)すごいよね。ビバナミダの歌詞そのものの、いちばん最初の歌詞そのものも、まさにね。『あまりにも忙しい日々で』っていう歌詞なんですよ。

(西寺郷太)そうですそうです。『どこから来たかなんて わからないままで』。

(水道橋博士)そう。俺、からくりテレビから来たんだよ!っていうね。思わず言ってましたもん。

(西寺郷太)本当ですか。1回ちょっとこれ、メルマ旬報的な曲として。僕も作詞、岡村さんとさせていただきました。岡村靖幸さんで『ビバナミダ』。



(水道橋博士)素晴らしいですねー。

(西寺郷太)素晴らしいですね。岡村靖幸さんの『ビバナミダ』。うん。なんか本当に、自分にとって、岡村さんと一緒に曲作る、歌詞を作るっていうのは、なんだろう?本当にうれしい体験だったんですけど。なかなかそのCDが出るまでとか、お客さんの手に渡るまでは、完全に喜べない自分もいて。その、どういう結果が出るか?すごく心配もしていたんで。自分なりに。やっぱり岡村さんといえば作詞の素晴らしい人っていうことで、お客さんの支持を得てきたので。それを僕が一緒になって書いてるということで、一部の人にとってはラブレターに。好きな人からのラブレターに、新しい人が誰か入ってるような感覚で思う人もいるかもしれないと思って。

(水道橋博士)うん。

(西寺郷太)ちょっと心配してたんですけど。ライブを見た時に、僕からのある種岡村さんへのラブレターでもあったんで。この曲の歌詞は。だからすごくそれがファンの気持ちをひとつ代弁してる部分もあって。なんかそこがミックスされた感じ。会場のムードが・・・

(水道橋博士)客席に届いた瞬間と、その爆発をみた瞬間の喜び。ミュージシャンはいいな!と思いましたよ。

(西寺郷太)やった!と思って。

(水道橋博士)しかも岡村さんはMCやらないんですけども。

(西寺郷太)白石さん。マニピュレーターの方が面白い方でね。

(水道橋博士)いかにこの曲を作るのが難産であったか。もう何バージョンも作りながら、どれだけ声出すために何バージョンも作りながらやってきたかっていうのを語ったんですよ。

(西寺郷太)あ、本当ですか?いや、そうなんですよ。僕は曲ができた段階だったので。基本的には。山で言うと8割方山ができたところに、最後の20%ぐらいのところで作詞家としてポンと入ったので。そこの何バージョンっていのはストーリーでしか知らないんですけど。でも、それもあって6年ぶりですかね?ビバナミダのシングルが出たっていのは。博士さんとこうやって来た歴史の中の、ひとつの区切りかなという感じで。再スタートって感じがする曲でしたね。

(水道橋博士)やりましたねー。ヒストリーを感じるしね。天才だから、息を吸うように曲を作るんだっていうイメージがあるじゃない?だからその頂がものすごく高いわけじゃん。自分の中で。でも、もう1回新曲を出そうとした時に、どれだけ苦しんでそこの上を越えていく、ハードルを越えていこうとするんだっていのが、郷太くんとの交際で俺がわかってるんだ。

(西寺郷太)うん。そうですね。

(水道橋博士)感激しました。

(西寺郷太)すごくこだわりの強い人で。いままでも自分の中の低レベルなものは出さないっていうことで、ものすごく戦ってきた人なので。そういった意味でも本当にリリースできてうれしいなと思っております。

<書き起こしおわり>

ビバナミダ
ビバナミダ