稲川淳二が語る 渋谷・代官山の心霊スポット

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稲川淳二さんがTBSラジオ たまむすびに出演。渋谷・代官山の心霊スポットについて話していました。


(玉袋筋太郎)その筋の話!

(小林悠)このコーナーはですね、毎週一筋縄ではいかないゲストをお迎えしまして、そのゲストが歩んできた様々なその筋の話を聞いていくコーナーです。っていうことでね、お声がもう・・・漏れてるんですけどね。さっそくご紹介いたしますね。本日のゲストは稲川淳二さんです!

(稲川淳二)はい、どうも!格調高い番組!どうも!

(玉袋筋太郎)(笑)いきなりカマしてきた!うわー!

(稲川淳二)私はね、大好きなの。

(玉袋筋太郎)僕もね、うれしい。稲川さん大好き!あこがれの人ですから。

(稲川淳二)番組、見てますよ!

(玉袋筋太郎)いやいや、稲川さん!中野ケーブルテレビ、見てますよ!

(稲川淳二)(笑)

(玉袋筋太郎)もうすぐ!ヨイショヨイショ!

(小林悠)お互いの(笑)。

(稲川淳二)もうこの景色の良さ。これはね、他に無いな。

(玉袋筋太郎)早いなー(笑)。

(稲川淳二)この景色の良さはすごいじゃん。画のいいものを見ながら話をすると・・・何も見えない壁の中で話したってさ。怪談なら構わないけど、やはり楽しく話すには景色があってね、美女がいて。

(玉袋筋太郎)おっと!

(小林悠)あら!そういうところですね、稲川さん!

(稲川淳二)有能なスタッフに囲まれたら、もうこれ!

(玉袋筋太郎)有能なスタッフって言っちゃって!いやー、もうバック取らせると早いから!

(稲川淳二)そうそう。ヨイショってバックなの。これ、ヨイショのグレコローマンってあるんですよ。ヨイショのグレコローマンは正面だと勝てないから、裏に回って押し付けちゃうの。有無を言わせない。がんじがらめ。

(玉袋筋太郎)すぐ後ろ回って肩もんじゃう。ガッ!って。

(小林悠)話がもう進んでますが。グレコローマンの話ではありません。本日のゲスト、稲川淳二さんの簡単なあらすじとその筋をご紹介しましょう!1947年、東京都渋谷区のご出身です。現在65歳。高校卒業後、デザインの専門学校を経て工業デザイナーとして活躍。その一方、タレントとしてテレビにも出演。80年代、リアクション芸の元祖としてお茶の間に強烈すぎるインパクトを残すと、90年以降は怪談家としても活動。その唯一無二の話術と巧みな情景描写。稲川淳二の怪談ナイトミステリーツアーは今年の夏で21年目となります。

(玉袋筋太郎)すごい!

(稲川淳二)とんでもない。ありがとうございます。うれしいですよ。

(玉袋筋太郎)もうTUBEより、夏の名物ったら稲川さん。

(小林悠)そんな稲川さんのその筋、すいません。紹介させてください。その1:『ヨイショ芸の筋』。さっきやりました。分かりやすかったです。その2:『工業デザイナーの筋』。その3:『芸能界デビューのきっかけは幕間のネタ披露の筋』。その4:『虎のぬいぐるみを着せられ、地元猟友会にライフルで撃たれそうになった筋』。その5:『エジプトで警察と兵士と警備員に追われた筋』。その6:『妙に変だなーっという怪談の筋』。その7:『玉さんと一緒にFMW&ロックIN鳥栖の筋』。そしてその8:『稲川淳二の怪談ナイトの筋』という8本です。すいません、お待たせしました。

(稲川淳二)いやそんな、ありがとうございます。ご丁寧にうれしいですね。

(玉袋筋太郎)稲川さん、人に歴史ありですね。重みが違う。重厚さがある!

(稲川淳二)軽々といい加減で申し訳ないです。

渋谷区生まれの山の手ボーイ

(玉袋筋太郎)どの筋から行きますか?でもやっぱり東京渋谷区生まれっていうのは本当、都会の。山の手ボーイです。

(稲川淳二)いやいや、当時はね、恵比寿なんだけど、どっちかって言ったら恵比寿村でしたね。要するに目黒があって、渋谷の間でしょ?だからそんな感じでしたよ。のどかなもんでしたよー。

(小林悠)今とは全然違ったんですね。

(稲川淳二)もう大分違いますよね。古くからの建物もあるし。ウチの親類もいたりするんだけど、状況は違ったな。昔と今とじゃ。当時はだって遊びに行くよなんて言うと、何かっていったら都電が一番で。覚えてるんですよ、私。8番というのと34番っていうの乗れば絶対帰れるんですよ。34番っていうのは銀座方面行って渋谷へ帰るやつ。8番は同じように行くんだけど、帰り中目黒だから恵比寿でしょ?降りりゃいいんですもん。そういうのだったんですよ。

(小林悠)おー。

(稲川淳二)で、当時はね、恵比寿から富士山がよーく見えたし。富士山。だって余計なもんがないんだもん。それで東京タワーが、ある時気がついたの。立ってるの。それが小学校4年の時の遠足で。『あら、東京タワーが立ってる』って。聞いてはいたんだけど。で、家いって2階から見たら目の前に見えましたもんね。恵比寿から本当に。

(玉袋筋太郎)ほら!

(小林悠)うわー、情景が浮かんできますね。

(玉袋筋太郎)今のは怪談じゃないですからね。

(小林悠)(笑)

(玉袋筋太郎)今のは違いますよ。でも怪談に聞こえちゃうんだ。『東京タワーが何か妙だなー』って。

(稲川淳二)でもね、たくさん昔いろんな所があったんですよ。今はさ、あんまり怪談だ何だってみなさん考えてらっしゃるけど、当時は当たり前にあったの。僕らの周りには。

(玉袋筋太郎)そうですよ。

(小林悠)周りに怪談がいっぱいあった?

(稲川淳二)うん。いや、上がる階段じゃないですよ。あのほら、渋谷区と目黒区って断層があって、ドーンと。目黒が低くて渋谷が高いんです。渋谷区の方が。この割れ目のところに流れているのが目黒川ですよ。で、高台の方に南平台だとか何だとか、そういうのがあったりして。美空ひばりさんのお家があったりして、結構いいわけですよ。昔の軍の・・・ワシントン・ハイツって渋谷にもあるんだけど、恵比寿にもあったんですよ。で、実は高台になったこの場所にいくつかの、今で言う心霊スポット、それがあったんですよ。

(玉袋筋太郎)ほら来た!

(稲川淳二)行っちゃいけないっていう場所がいくつもあったんですよ。

(小林悠)えー!?

(玉袋筋太郎)もう始まってますよ。下手すると。

(稲川淳二)たとえばその話の中でも、たまに考えなきゃならないのは、電波でもってやっちゃいけないわけじゃないけど、ちょっとね、話がどぎつくなるかな?っていう話もあったりするんですよ。歴史上。

(玉袋筋太郎)そうですよね。

(稲川淳二)結構多いんですよ。だからたとえば代官山にある、西郷山。今は西郷山っていうんだけど、昔は私知らないから。『さいごやま、さいごやま』って言ってましたよ。今、キレイな公園になっていて、デートコースですよ。夕日が沈んで昔は建物がないから、祐天寺のあたりへふっと下りるのすごいキレイなんですよ。ただそこでは当時ね、『夕方になって日が落ちるころになったら絶対遊んじゃいけない』って言われてたの。で、そこでもって遊んでいて、もしも赤ん坊の声聞いたなら、聞いた人間はもう生きて帰れないって言われたの。

(玉袋筋太郎)うわー!

(稲川淳二)で、これ説明してあげたいんですよ。あげたいんだけど、途中まで言えるんだけど、途中から先・・・マズいんですよ。

(玉袋筋太郎)どぎつくなっちゃう。

(稲川淳二)どぎつくなっちゃう。大体分かると思うけど、あそこ近くに道玄坂があって、道玄坂に上がったところ。もうあそこっていうのは、当時の進駐軍のホテルがあったの。それでそういう人とお付き合いするお姉さんのための文通っていうかな?ほら、アメリカ帰っちゃうと。その恋文横丁っていって英語でもって代筆する人がいたっていう。大体分かるでしょ?

(玉袋筋太郎)そうだ。

(稲川淳二)そんでもっておまけで、夜になると赤ん坊の声が聞こえるって大体分かるような気がするでしょ?

(玉袋筋太郎)そうでしょうが。ほら!

(小林悠)日本の情緒だ。

(稲川淳二)いや、情緒じゃないんですよ。はっきりは言えないんだけど、ほら、中にはさ、お家の中だけじゃなくてさ、外でもっていたす方もいらっしゃったりするわけでしょ?

(玉袋筋太郎)あー!だから子供は近寄っちゃいけないと。

(稲川淳二)そうそう。だからそれは赤ん坊の声じゃないかもしれない。で、実際に赤ちゃんをそうやって始末する婆さんがいたんだそうです。そんなことがあったんで、あそこはね、不思議なんだけどずーっと家が建たなかった。バブルん時も誰も買い手がつかなかった。一等地で。で、とうとう公園になっちゃったの。

(玉袋筋太郎)ほら来た!

(稲川淳二)すごいんですよ。成城にもいい公園があるんですけど、その公園、結果的に屋敷が建ったのに壊しちゃって、誰も住めないからって公園のまんま。

(玉袋筋太郎)ほらもう!

(稲川淳二)すいません。

(小林悠)すごい話が最初から来ましたね。

<書き起こしおわり>
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